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聖マリアンナ医科大学 櫻田 勉教授 成人の5人に1人が罹患しているとされる慢性腎臓病(CKD)。近年、その治療は大きく進歩したものの、決め手となる特効薬は未だない。聖マリアンナ医科大学病院腎臓・高血圧内科副部長で腎臓病センター長を務める櫻田勉氏は、患者がどんな暮らしを、どんな人生を送りたいのか、その思いを汲み取りながらチーム医療で日々診療にあたっている。 |
■ 長期にわたって患者を診続けるCKD
医師の父の背中を見て育った櫻田氏にとって、医者の道に進むのは自然な流れだった。1年間の浪人生活を経て聖マリアンナ医科大学に入学。大学時代について櫻田氏いわく「部活三昧でした」。テニス部に所属していたが、地獄の夏合宿など、まさに昭和のトレーニングをこなす日々。「お蔭で精神的、体力的にとても鍛えられました」。
テニス部の先輩が多くいたことから第一内科教室に入局し、ここで恩師となる腎臓病専門医の荻本剛一氏(現おぎもと内科クリニック院長)と出会う。「とても厳しい先生でした。研修医時代に帰宅したのは毎日深夜近く。休むというより、たまった下着を洗濯するために帰る感じでした。とても大変だったけれど、“あの時”がなかったら“今の時”はありません」と櫻田氏は感謝する。
大学院に進み、学位を取得。同大学が指定管理者となった川崎市立多摩病院腎センターの立ち上げに1年半ほど関わったのち、再び医局に戻る。以来、母校の病院で慢性腎臓病(CKD)患者と向き合ってきた。
櫻田氏はCKDの特徴を次のように説明する。「例えばステージG3bと診断された人は、腎機能を元に戻すことは困難で、時間とともに進行していきます。その間、ずっと診療は続きます。末期腎不全となって透析治療に入っても患者さんとの付き合いは終わりません。そこが、病巣を切り取ったらそれで治療は終わりといった疾患と大きく異なるところです。私の患者さんの中には、20年以上診ている人もいます」。
患者と長い付き合いになるが故に櫻田氏は常に心がけていることがある。「2.5人称の視点」だ。ノンフィクション作家の柳田邦男氏の言葉で、1人称は自分(患者)、2人称は家族、3人称は他人の距離感を指す。「2.5人称は家族だけど血がつながっていない、遠い親戚のような関係性。医師には客観性が重要ですが、家族のように深入りすると客観性を失ってしまいかねません。かといって、他人の視点になってしまうと患者さんや家族との信頼関係は生まれません」と語り、こう続ける「2.5人称の視点での気遣いの一つとして、例えば私は患者さんによって敬語だったり、くだけた話し方をしたりと使い分けるようにしています。こう見えても僕、結構患者さんに評判がいいんですよ(笑)」。
■ チーム医療によるCKD教育入院で効果を検証

「私が尊敬する先生の一人で、当時、近江八幡市立総合医療センターの腎臓センター長だった八田告先生(現八田内科医院院長)を招いてCKD教育入院について講演していただいたことがあります。その効果の高さに驚き、当病院でもぜひ取り入れたいと思いました」
CKD教育入院は1週間のプログラムで、CKDの進展抑制・遅延のための食事や運動、薬剤などの学習やCKDに関連する合併症の精査を行う。それには多職種の協力が必須となる。「各部門の部長に意義や目的、予想される効果などを何度も説明しました。多職種をまとめるのが一番大変でした」と振り返る。
最終的には「患者さんのためなら」と協力してくれることになり、医師、看護師、管理栄養士、薬剤師、臨床工学技士、ソーシャルワーカー、理学療法士の多職種によるチームが結成された。2011年1月1日、ステージG3b以降の患者を対象にしたCKD教育入院がスタートした。
「入院期間中、腎臓病食を食べていただくのですが、皆さん、『家で食べている食事とまったく違う』とおっしゃいます。その後に受ける栄養指導ではとても話が盛り上がるようです」
実際、教育入院の効果は櫻田氏が想像していた以上だった。CKDの進行を長期に抑制する効果やステージG5から透析導入までの期間を延長させる効果、透析導入後の良好な生命予後へ与える効果、心血管疾患の発症減少効果が得られた。「これらは医師の介入効果ではありません。指導が効果をもたらしたのです」と櫻田氏はCKDにおけるチーム医療の有効性を強調する。
櫻田氏らの効果発表をきっかけに、エビデンスをより高めるために厚労省科研事業で全国規模での検証が行われ、同様の効果が確認された。
「この効果が反映されて、2024年の診療報酬改定で外来での慢性腎臓病透析予防指導管理料が新設されたと聞いています。当病院でも2024年1月からCKDの教育外来を開設しました。ここでも患者さんとご家族にも腎臓病食を食べていただいています」
今や、CKD教育入院は同病院の売りの一つになっている。「患者さんたちに喜ばれるとチームのメンバーもますますやる気が出て、好循環を生んでいます。今年、僕たちのチームは院内のグッドプラクティス・アワードに応募しました。結果は春。受賞できたら嬉しいですね」と声を弾ませる。
■ 自分の腎臓で治療しようと頑張る患者を応援したい
今、櫻田氏がやりがいと感じていることの一つが在宅透析だ。その理由は明快だ。「No placelike home、誰にとっても家に勝るところはありません」。
そのためには「自宅で行える腹膜透析(PD)の良さをもっと多くの人に知ってほしい」と語る櫻田氏だが、その口から意外な話が明かされた。「実は私、学位を腹膜透析の基礎研究で取得したのですが、かつては反PD派だったのです(笑)」。
透析患者の3%しか普及していないPDはマイナーな医療である。残存腎機能に依存するより血液透析(HD)で血液をきれいに濾過したほうがいい、5~7年でHDに移行するのなら最初からHDをしたほうがいい、自己管理型のPDより、装置が体液管理をしてくれるHDのほうが簡単……と思っていた。また、血糖値が高まる糖尿病患者や腹膜の癒着のある開腹術既往のある患者などには適しないと考えていた。ところが、自身でPD管理をしてみると、血糖値の上昇はさほどみられず、開腹術既往はカテーテル挿入の弊害にならないなどまったく問題がないことがわかった。それに自宅で透析を行うPDのほうが圧倒的にQOLは高い。さらに、可能な限り自分の腎臓で治療しようと頑張る患者たちを見て、彼らを応援しようという気持ちが強くなった。
櫻田氏にとって忘れられない患者がいる。保存期CKDで10年ほど診ていた患者Aさんが、PDをしたいと言ってきた。PDを導入して5年ほど経ち、残存腎機能がいよいよ低下して血液透析へ切り替えなければならなくなった。そんなある日、Aさんは櫻田氏のもとにやって来て、こう言った。「今度腎臓移植を受ける患者さんのGFR値は10ぐらいだそうだ。移植して取り除いた腎臓を僕がもらえば、PDを続けられるよね」。
そもそも腎臓移植では腎臓を摘出しないのでAさんの認識は誤っていた。しかし、「病気と対峙し、自分の体で治療できるPDを続けたいという強い思い、GFR値10というわずかな残存腎機能でも欲しいというAさんの切なる思いがひしひしと伝わってきて、私の心を大きく揺さぶりました」と櫻田氏は話す。
すっかり親PD派となった櫻田氏は、「PDはCKD患者にとって3つ目の腎臓。自分の体で腎不全と向き合うことができる唯一の腎代替療法」と言い、講演などで腹膜透析を「フクマク(福撒く)透析」と紹介している。「これもどなたかがおっしゃっていたことをパクってるんですけどね」と笑って肩をすぼめる。
■ 在宅透析に最適なPDの普及率10%を目指して

「PDは最期まで続けられることから、緩和医療や終末医療にもつながります」と話す櫻田氏は、これまでに2名のPD患者を在宅で看取った。一人は肝がんを発症、もう一人は超高齢者だった。「あるご家族が『自分たちで最期まで親の面倒をみることができ、家族としてこれ以上ない最期を迎えさせることができました。ありがとうございます』と言われました。医療者にとってこれほど嬉しい言葉はありません」。
PDの普及に関して、世界的に注目されているのがアシステッドPDだ。現制度では、透析液交換は家族あるいは医療者しかできない。しかし、一定の研修を受けた介護職員などがそれをできるようになれば、家族の負担は軽減され、普及しやすくなるはずだ。「夢かもしれませんが」と断って、「目標は普及率10%。そのためにはやらねばならないことが山ほどあります」。
先日、櫻田氏はあるPD患者の家を訪れた。高齢で寝たきりのPD患者は櫻田氏の姿を見るや、「おお!」と手を挙げて歓迎した。家族にも喜ばれ、全員で記念撮影を行った。その写真には、PD患者と家族、櫻田氏の笑顔、そして2.5人称の視点とフクマク透析の温かさが溢れていた。
取材・文/荻 和子 撮影/轟 美津子
