JMS情報誌「SIESTA」インタビュー

東シナ海を一望できる高台にある同院

沖縄県宜野湾市

琉球大学病院

 日本でもっとも新しくできた国立大学附属病院である琉球大学病院は1970年に開設され、84年に那覇市内から隣町の中頭なかがみ郡西原町に移転した。それから40年ほど経った2025年1月、北へ約5.5km離れた宜野湾市に新築移転。真新しい建物には最新機器が備えられ、医療機能のさらなる充実が図られている。

■ 米軍返還跡地を沖縄健康医療拠点に

病院長 鈴木幹男氏
総合受付にある戦後の沖縄を代表する画家、安次富長昭氏の絵画
 大学病院は一般的に築30年ぐらいから建物の増改築などが検討されるといわれる。琉球大学病院も建物の老朽化が進み、2014年頃から現地再開発が検討された。しかし、敷地が狭く建て替え等が難しくなかなか結論が出なかった。そうしたときに浮上したのが基地返還跡地への新病院建築計画だ。
 2013年、日米両政府は宜野湾市にあるキャンプ瑞慶覧ずけらん(西普天間住宅地区)が2014年度またはその後に返還されることを発表。県や宜野湾市、その後、琉球大学も加わって、跡地利用計画が本格化した。何度も見直される中で沖縄健康医療拠点構想が打ち出された。これは沖縄振興への貢献、長寿県沖縄の復活、国際保健(グローバルヘルス)への貢献を目指すもので、同大学病院は、大学医学部や同大医学部先端医学研究センターとともにその核と位置づけられた。
 新病院建設の着工は2021年3月。3年3カ月にわたって工事が進み、24年6月に完成した。半年後の新病院移転に向けて各部署で何度もリハーサルが行われた。25年1月4日に最後まで残っていた85名の入院患者が新病院へ移送されたが、その際には県内の多くの医療機関が救急車やドクターカーを提供したり、医師を派遣したりして全面的に協力した。
 新病院のコンセプトについて同病院長の鈴木幹男氏は「手術室や救命救急センターなどを充実させて高度医療を提供すること、さらに先端医学研究センターとともに先端医療の研究を拡充すること、また、東アジアの中心に位置することから国際化の推進、そして沖縄科学技術大学院大学(OIST)と連携しての新しい医療の研究が挙げられます」と話す。

■ 高度救命救急センターを目指してハードを充実

屋上のヘリポートはエレベーターを介して手術室に直結
 新たな建物は15.5haの広大な敷地内に建つ。地上14階建てで、病床数は旧病院より20床増えて620床となった。その増床分の多くは新病院移転を機に救急部から格上げされた救命救急センターに当てられた。
 旧病院では高度医療の提供に制限があり、重症救急患者などの受け入れを断らざるを得ないことがあった。新病院の救命救急センターには、同一の診療ベッドで検査、治療が行えるハイブリッドERが設けられた。また、手術が必要な場合には、上階の手術室に直結するエレベーターで速やかな移送ができる設計を採用した。しかもそのエレベーターは屋上のヘリポートともつながっており、離島やへき地からドクターヘリで搬送されてきた患者を救急処置室あるいは手術室へ速やかに移送できるようになっている。
 「すでにドクターヘリで離島から患者さんを搬送しました。米軍基地と隣接しているため管制との調整に少し手間取りましたが、無事に患者さんを受け入れることができました。新病院は救命救急センターの指定を受けていますが、こうした経験を積み重ねながら、2年後を目処に沖縄県初の高度救命救急センターの指定を目指しています」と鈴木氏は熱く語る。
 手術室も11室から14室に増えた。ハイブリッド手術室を設け、心臓血管外科だけでなく、脊椎外科などの整形外科にも対応できる最新機器を導入した。術中MRIが完備され、より安全により正確に手術ができるようになった。同大学病院ではすでに骨髄移植や肝移植などを手掛けているが、新病院では移植に対応する2室をあえて並べて配置し、いずれもクリーンルームにした。「部屋の真ん中に小さな扉がつくられ、両室は行き来できます。摘出した臓器を運ぶのに部屋から出る必要はなく、衛生かつ敏速な臓器移植が可能になっています」と鈴木氏。
 救命救急センターやヘリポートとつながっている手術室は陽圧・陰圧の切り替えができる。コロナ禍のようなことが起こっても陰圧室にすることで病原体の外部への飛散を防ぐことができ、医療者は安心して手術を続けることができる。
 また、心臓手術を受けた患者がすぐにICUに入れるように、心臓血管外科手術室をICUの真ん中に配置した。さらに、内視鏡手術室はブルーライトに調光でき、内視鏡モニターの視認性を高めるとともに、気温差が少ない特殊な壁を採用。手術室の空調にもこだわり、天井から垂れ壁をつくって空気がまっすぐ下方に流れるようにし、術野の清潔度が高まった。
 「新病院では手術支援ロボットを設置できる手術室を2室用意しています。1室には旧病院時代に導入した『ダヴィンチ』を置いていますが、もう1室に近々『hinotori』を導入する予定です」と話す鈴木氏はこう続ける。「この度の移転を機に医療機器の更新はある程度進みましたが、これで将来にわたって更新が不要とはなりません。機器には耐用年数があり、新たな機種も開発されるので、機器の更新は常に必要です。そのときのことを考え、大きな装置が入る手術室や放射線室はかなり余裕をもったスペースを確保しています」。

ハイブリッドER
手術支援ロボットのある手術室

■ 地震や津波災害に備えた建物に。市道も新たに整備

 新病院では沖縄の特性を踏まえた配慮も多くなされている。沖縄はしばしば台風に見舞われることから、救急車が建物内に入ってくるとシャッターが閉まって強風や大雨を避けられるようになっているのもその一つだ。患者や家族などが立体駐車場の2階から渡り廊下で雨風にさらされることなく、受付のある病院棟3階へアプローチできるのも来院者にとって有難い。
 地震対策も万全だ。1771年には石垣島近海でマグニチュード7.4の地震が発生し、大津波が八重山諸島や宮古諸島に押し寄せたとの記録が残っている。新病院は高い耐震性能を有し、東日本大震災クラスの地震が発生した場合でも建物に大きな被害は生じず、病院機能を継続させることができる構造を採用。また、2階のエントランスホールの先には、災害時にトリアージを行う“ゆいモール”という広いスペースを設けている。同病院移転に合わせて、本島西側を南北に走る国道58号線と同病院を結ぶ宜野湾市の市道23号が新たに整備されたが、この目的は病院への交通利便性を高めることと、もう一つ、津波災害時の避難経路として地域住民の安全を確保するためである。ちなみに、市道23号線は全長210mあまりの高架橋で、まだ返還されていない米軍基地をまたぐかたちの全国でも珍しい道路だ。
 また、隣接する在沖縄米国海軍病院と災害時に連携を図る準備も始まっている。
 現在、同病院は地域災害拠点病院だが、沖縄初となる基幹災害拠点病院への指定を目指している。

外来受付
災害時にトリアージを行える“ゆいモール”

■ 沖縄の特徴を活かしたさまざまプロジェクトが進行中

メディカルパートナーを務めている琉球ゴールデンキングスの写真
 冒頭に紹介したコンセプトのもと、さまざまなプロジェクトが進んでいる。高度医療に関しては、例えば再生医療を実施している。すでに脂肪幹細胞を用いた変形性関節症治療を開始しており、スポーツ再生医療に応用できると注目を集めている。ちなみに、同病院は県内バスケットボールチームの琉球ゴールデンキングスのメディカルパートナーになっている。
 沖縄県出身者は本土と遺伝的な違いがあることが判明している。沖縄特有の希少疾患が存在したり、本土にはない豊富な生物資源をもっていたりするが、これらの特徴を活かして創薬や治療法の開発、生活習慣病の予防を図ろうと、沖縄バイオインフォメーションバンクの構築が進行中だ。また、心エコーAIなど医療技術の開発も盛んだ。皮膚科を中心に、離島との遠隔診療も行っている。
 沖縄という場所柄、同病院はもともと外国人患者が多いが、新病院は立地的に、より多くの米軍関係の患者が受診すると想定される。国際医療を担う専門部署を充実させるとともに、移転を機に全職員にスマートフォンを配布し、誰もがその通訳機能を使ってコミュニケーションを図れるようにした。「今後はインバウンドにも目を向けて、外国人を対象とした健診サービスなどにも取り組みたい」と鈴木氏は意欲を見せた。
 開院して8カ月余り。本島中部へ移転したことで患者の減少が心配されたが、入院、外来ともに患者は順調に増えている。

診療科を固定しないフリーアドレス制の外来診療エリア
 「ハード面は質量ともに各段にアップしましたが、ソフト面がまだ追いついていません。医師については、移転前から少しずつ増やしてきました。特に麻酔科の医師が充実しているので、手術室が増えても対応できています。新病院になって研修医も集めやすくなりました。一方で看護師やソーシャルワーカーなどの医療人材が少ないのが課題です。引き続き人材確保に努めるとともに、人材教育にも力を入れていきます」

■ ウォーカブルなまちづくりを推進する宜野湾市と協力し予防医療にも注力

 新病院移転から3カ月後の4月、同大医学部と医学部先端医学研究センターも移転し、沖縄健康医療拠点の核が揃った。
 また、病院に隣接するエリアでは緑地公園が造成中だ。宜野湾市はウォーカブルなまちづくりを進めており、市民が健康増進に努められる場になる計画だ。「宜野湾市も含め、沖縄で問題になっているのが生活習慣病を引き起こす肥満率の高さです。私たちは治療に対しては最良の医療を提供しますが、それだけでなく、病気にならないための予防医療にも力を入れていきたい」と鈴木氏は力を込める。
 同病院は高台にあり、東シナ海を一望できる。真っ青な海を見るだけで心が癒されてくる。素晴らしい環境に恵まれた琉球大学病院に対する沖縄の人々の期待はきっと大きいはずだ。その期待に応えるべく、同病院は新たなステージに向かって踏み出している。

取材・文/荻 和子 撮影/岩本和博
写真提供/琉球大学病院

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