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慶應義塾大学医学部内科学教室 腎臓内分泌代謝内科 林 香教授 「わからないことを知りたい」。この思いに突き動かされて医師の道をコツコツとまっすぐに歩んできた教授がいる。臨床と研究に情熱を注ぐ医師としてだけではなく、一児の母としての顔も持つ。常に絶やさない穏やかな表情とその奥に秘められた強い意志で医局員たちが活躍できる環境づくりにも励んでいる。 |
■ 一人の人生に懸命に向き合う医師の姿を見て
林香氏は東京の下町の面影を色濃く残す町で育った。中学1年のとき、一緒に住んでいた祖母に胃がんが見つかった。すでに末期で手の施しようがなく、家族と主治医は何度も話し合い、本人に告知しないことにした。「そのとき先生はどうすることが祖母にとって最良なのか、とても悩まれていました。一人の人生に懸命に向き合う先生を見て、子ども心に感銘を受けました」。
その後、診療だけでなく新しい治療法などの研究も医師の重要な仕事と知った林氏は「臨床と研究を通して人のために役立ちたい」と慶應義塾大学医学部に進学した。
林氏は幼稚園から高校までずっと女子だけの環境だった。それが医学部に入った途端、周りは男子学生ばかり。林氏が入学した年の女子学生の数はかつてない多さといわれたが、それでも100人中20人ほど。「とても新鮮でした」と林氏。
凛々しい袴姿に惹かれて弓道部に入部。練習や試合、合宿など部活に励みながら研究に取り組んだ。そのとき選んだテーマは神経だった。
「神経を司る脳には未だにわからないことがたくさんあります。そこに興味を持ちました」と語る林氏の「わからないことへの興味」は、やがて脳と同様わからないことが多く、根本治療が確立していない腎臓へと進んでいった。
林氏が医学部を卒業した2004年、スーパーローテート研修方式が始まった。林氏は研修先に母校ではなく、国際医療センターをあえて選んだ。その理由について「同センターは、以前からスーパーローテート方式を導入していて、実績があったので」と話す。
同センターの敷地内にある寮生活で、休みはほぼ正月三が日だけといった多忙な日々を過ごすことになったが、その研修医時代に医師として大きく成長できたと林氏は感謝する。
同センターには全国からさまざまな背景を持つ研修医が集まっていた。「志をもった方が多く、とてもエネルギッシュでした。その刺激を受けて切磋琢磨することができました」。また、さまざまな診療科を回り、どんな患者がいるのか、どんな診療が行われているのかを知ったことは、今でも大いに役立っているという。「腎臓を悪くする患者さんのほとんどはさまざま持病を抱えているので、それらを含めて診療マネジメントをしていかなければなりません。その際に研修医時代の経験や知識が活かされています」。
研修医時代、プライベートにおいても結婚という大きなライフイベントがあった。「朝まで診療をして、そのまま結婚式場へ駆けつけました。それが一番の思い出です」と笑顔で話す。
■ 人々にとって価値のある研究こそが真の研究

当時、腎臓内分泌代謝内科教授として着任したのが伊藤裕氏(現・同科名誉教授)だ。林氏は、伊藤氏から研究の在り方を徹底的に教えられた。「『研究のための研究、学位を取るための研究であってはならない。人々にとって価値のある研究であらねばならない。それが真の研究である』。先生のこの教えは私の研究の原点になっています」。
大学院修了後、同科助教を経て、予防医療センターへ異動した。このころ、林氏は出産。「予防医療センターのメインの業務は健診ですから、夜間緊急で呼ばれることはありません。そのおかげで子どもができてからも研究を続けることができました」。
この同センターへの異動には、伊藤氏の配慮があったのではないかと林氏は推測する。研究への情熱を失わない林氏に、伊藤氏は研究者としてのポテンシャルを見たのだろう。
もちろん、林氏が同センターの仕事に手を抜くことは一切なかった。腎臓病をはじめとする生活習慣病関連の健診メニューを考案したり、腎臓病の悪化が進む患者の傾向を調べるといった臨床研究を行ったりするなど、地道に経験を積んでいった。
2011年、腎臓内科に戻り助教に就任。臨床に、研究にと多忙な日々を送っていた林氏に思いもよらない声がかかった。「君には腎臓内分泌代謝内科を引っ張る責務がある。退任される伊藤先生のあとを継ぐために教授選に出てみないか」。
■ 診療、研究に続く3つめの仕事はスタッフが活躍できる環境づくり
林氏は自問し続けた。自分に何ができるのか。私に教室をまとめる力があるのか。悩み抜いて出した結論は「応募する」だった。
「研究にしても臨床にしても、一人でできることは限られています。皆の力を合わせなければ前に進めません。教室の将来をつくることも同じではないかと思ったのです。一人ひとりの能力を活かし、活躍できる環境をつくることだったら私にもできるかもしれない。それが臨床、研究に加えて、もう一つの私の仕事かもしれない」。そのとき考えた胸の内をこう明かす。
2023年、林氏は内科学教室で3人目となる女性教授となった。
林氏の選出には、ダイバーシティの流れが多少は後押ししたかもしれない。しかしそれだけではないはずだ。物事を捉える視野の広さ、真面目さ、謙虚さ、向上心。それ以上に、自分が置かれた状況の中で懸命に努力する誠実さが周囲の人々の心を捉えたのではないだろうか。
それを象徴するエピソードがある。林氏が研修医になって間もなくリウマチ内科に配属されたときのこと。入退院を繰り返していたSLE患者がいた。その患者は点滴注射が非常に刺しにくかった。「医師になりたての私は注射を打つのがあまり上手ではありませんでした。でも、その方は辛抱強く我慢しながら、いつも『大丈夫』と励ましてくださいました。私も一生懸命診療させていただきました」。次の診療科に移るとき、林氏はその患者から手紙を受け取った。そこには「これからも頑張って」と書かれていた。
血液内科に配属されていたときに診た多発性骨髄腫の患者も林氏のファンになった一人だ。「女性の小児科の先生で、最初は気難しい方だと思ったのですが、最後にはとても信頼してくださり、多くのことを教えてくださいました」。その患者からも「女性が医者を続けるのは大変だけど頑張りなさい」との言葉を贈られた。
林氏は言う。「頼りない研修医でしたが、誠心誠意診療し、少しでもその方のお役に立ちたいとの思いでいれば、患者さんはご自身の体が辛い中でも応援してくださいました。その期待に応えなければと自分を奮い立たせました」。
■ 細々とでもいいから医師を続けてほしい

「最近、私たちは腎臓におけるエピゲノムとDNA損傷に注目した研究を行っています」。エピゲノムはDNAの塩基配列によらない遺伝子発現の制御機構だ。一方、細胞にはDNAが損傷されるとそれを修復する機能が備えられている。その修復の際に本来であればエピゲノムもDNA同様に修復されなければならないが、それがうまく修復されずにエピゲノムに変化形成が残ってしまうことがある。「私たちの研究で、エピゲノム変化形成が慢性腎臓病(CKD)の病態に関与することが明らかになりました。また、腎臓は加齢とともに濾過機能は低下していき、糖尿病性腎臓病や高血圧性腎硬化症などの発症が増えてきます。その背景にエピゲノム変化形成やDNA損傷変化が関与しているのではないかと、目下研究中です」。もし、関与が明らかになれば、腎臓病悪化の抑制につながる可能性がある。
昨年、国際的な科学誌「Nature」に腎臓病が全身の老化の進行と関係があるとの論文が掲載された。「尿をつくるだけの臓器と思われてきた腎臓が老化に大きく関わっている可能性があるなんて、腎臓は本当に面白い臓器です。そもそも腎臓が2つあるのも、人体にとって非常に大切だからかもしれません」と声を弾ませる。
教授になって1年に1度、教室のスタッフ全員と面談をはじめた。女性スタッフからの相談で多いのはやはり仕事と家庭の両立についてだ。
家族の協力があるとはいえ、林氏自身、子育てしながら臨床・研究をし続けることは大変だったはずだ。どうしても自宅で仕事をしなければならず、パソコンを開くと子どもが嫌がったこともある。また、実際に辞めようかと思ったこともある。それでも続けられたのは、「患者さんの役に立ちたい」との思いがあったからだ。そうした経験を踏まえ、林氏は女性たちにこう助言する。「私たちは医師になるまでに家族や周囲のサポートをたくさんもらっています。その恩返しのためにも、また医師を目指したときの志をやり遂げるためにも、細々とでもいいから医師を続けてほしい」。
医師として、女性として、その経験に裏づけられた言葉はこれから医師をめざす人の心に静かに、そして深く刺さることだろう。
取材・文/荻 和子 撮影/轟 美津子
