JMS情報誌「SIESTA」インタビュー

福岡県福岡市西区

社会医療法人財団 白十字会
白十字病院

 福岡市は2017年、市内に3カ所ある青果部市場を1カ所に統合し、それぞれの市場跡地利用に関する事業提案を公募した。その一つ、西部市場跡地利用に手を挙げ、事業者に決定したのが約40年間中核病院として地域医療を支えてきた白十字病院である。

■ ケアミックス型から急性期機能特化型へ

渕野泰秀 病院長
 白十字病院は1982年2月に、佐世保市に本部のある医療法人白十字会の4番目の施設として福岡市西区に開設された。その後、患者の増加や施設基準の見直しなどから88年と2002年に増築を行い、総病床数466床となった。しかし、開院時の本館部分と88年の増築部分は非耐震構造で、建物も老朽化し新たな医療機器の導入が困難などの問題が出てきた。
 「2012年頃から、私たちは建て直しについて検討しはじめました。当初は466床の建物全体を建て直すことも考えましたが、それには膨大な建築費がかかります。それ以上に考慮すべき事柄が昨今の医療ニーズの変化でした」。こう語るのは同病院長の渕野泰秀氏だ。
 かつてはさまざまな機能を持つ、いわゆるケアミックス型病院が求められた。同病院も、高度専門医療、救急医療、在宅療養後方支援、回復期機能、慢性期医療を展開していた。しかし、超高齢社会の到来とともに、医療機能の特化と連携の重要性が言われるようになった。
 渕野氏らは何度も検討を重ね、ついに大きな決断をした。これまで有していた医療機能を2つの病院に分けて担うこととし、それぞれの病院に特色を持たせるというものだった。白十字病院は高度専門医療、救急医療、在宅療養後方支援に特化し、新たに分院した白十字リハビリテーション病院は回復期機能に特化させることにしたのだ。

落ち着いた木調の外来受付
 幸いなことに、同病院から南400mほど離れた場所の約6千坪の旧西部市場跡地を購入でき、2021年4月、白十字病院(282床)はスリム化してそちらに新築移転した。白十字リハビリテーション病院も、耐震性があり老朽化もない2002年増築部分をリニューアルし、22年に再出発した(160床)。
 「機能を2つの病院に振り分ける決断は結果的に大成功でした。急性期と回復期では、病床の管理や医師の構成が大きく異なります。今は急性期に焦点を当てた病院運営をでき、とても管理しやすくなりました」と渕野氏は喜ぶ。

■ 手術数、患者数、救急搬送台数が急増

ハイブリッド手術室での複合手術
脳外科手術
 同病院の柱の一つが「高度専門医療」だ。移転前も透析センターや内視鏡センターなどの9つのサブセンターを持っていたが、新病院となって脳卒中センターと心臓・弁膜症センターをオープンさせた。
 新病院では、脳血管内治療(カテーテル治療)と開頭手術(顕微鏡手術)を同時に行えるハイブリッド手術室を導入した。また、2023年4月、脳卒中センター内に、脳卒中の病状が不安定な時期に濃厚な治療と早期からのリハビリテーションを提供する「SCU」(6床)を福岡市西区・糸島市で初めて開設した。
 心臓・弁膜症センターでは、体への負担が少なくてすむ低侵襲心臓手術「MICS」を取り入れ、従来の大開胸手術の適応が難しかった高齢者などにも条件さえ整えば対応が可能となった。
 福岡市西区と糸島市を合わせると人口約33万人の医療圏になる。その中で、同病院はこれまでも24時間365日対応できる体制を整えて、多くの救急搬送を受け入れてきた。新病院においても、救急医療を重要な柱と位置づけ、救急センターに隣接してエレベーターを設け、上階のICUと手術室へ直接移送し、迅速に治療できるようにした。
 3つ目の柱が「在宅療養後方支援」だ。この地域においても高齢化が進み、在宅療養患者が増加している。しかし、在宅医療だけで高齢者を支えるには限界がある。在宅療養患者の体調が急変した場合の受け皿が必要だ。その役目を果たしているのが同病院である。
 同病院は2012年福岡県から地域医療支援病院として承認された。現在260ほどの診療所と連携し、紹介患者に対する医療提供、医療機器の共同利用の実施などを通して、かかりつけ医を支援している。また、地域の医療従事者に対して研修を実施し、地域医療の底上げにも尽力している。
 機能を絞り込み、それに特化した新病院となった結果はどうだったのだろうか。「コロナ禍の影響によるバイヤスがかかっていますが」と前置きした上で渕野氏は次のように話す。「2年前は年間1600〜1700件の手術件数だったのが、今は2300件に増加しています。それに伴い入院患者数も飛躍的に増えています。救急車の受け入れ台数は年間約3600台だったのが、新病院になってからは約4000台に増えました」。
 まさに嬉しい結果が得られている新病院だが、「課題もある」と渕野氏は言う。「年間5000台、6000台を受け入れる病院にならなくては地域の救急医療を十分に支えられません。救急専門医や看護師の体制など解決しなければならないことが山積しています」。

■ 地域の人々に開かれた病院づくり

 新病院にとって、高度専門医療、救急医療、在宅療養後方支援に加え、もう一つ重要な柱が健康なまちづくりだ。市の旧西部市場跡地の購入に当たっては、市からいくつかの要件が出された。その一つがまちづくりへの貢献だった。同病院裏の「フィットネス広場」(約700㎡)には運動機能やリハビリ機能向上の遊具が設置され、地域住民は自由に利用することができる。また、広場に隣接して市の公園があり、病院と公園が一体化されたつくりになっている。
 フィットネス広場近くに、「いしまるしぇ」という地域の人々が自由に使えるコミュニティサロンが設けられている。認知症予防体操を行ったり、講演会や趣味の講座を開いたりとさまざまな使い方ができる。さらに興味深いのが、いしまるしぇの隣に同病院職員専用の保育所「ピュアキッズ」があることだ。高齢者と子どもたちの世代間交流が自然とできる工夫がなされている。
 ほかにも、1階の正面玄関を入ってすぐ横に約120名収容できる「いきいきホール」があり、市民との各種交流会や市民講座などに利用されている。また、同じ1階の公園側には、「リリポン」というかわいい名前のついた食堂がある。コロナ禍の影響で、今は職員のみの利用に制限されているが、日常が戻れば地域住民にも開放する予定だ。ちなみに、リリポンには指定されたメニューを選ぶとその売上の一部(1食あたり20円)が開発途上国の支援目的としてNPO法人TABLE FOR TWOへ寄付される社会貢献メニューも用意されている。

病棟はスタッフステーションを中心に病室を配置した「ダンベル型」を採用
食堂「リリポン」

■ 職種や診療科の垣根を超えたチーム医療を推進

全診療科がワンフロアで働く医局
絵本作家葉祥明の風景画
「福岡タワーを望む」が迎える2階外来
 4つの柱を中心に据え医療を展開するために渕野氏が重要視しているのがチーム医療だ。渕野氏は野球に例えてこう説明する。「優勝するチームには先発と中継ぎと抑えの投手がいて、彼らは自分の役目を懸命に果たすとともに、互いに連携しています。質の高い医療を提供するには、それと同様のことが必要です。各スタッフが自分の職能を十分に発揮し、かつ他の職種を尊重し連携することです」。
 スタッフの職能を磨くための支援は手厚い。例えば、特定看護師や診療看護師などの資格取得を目指す職員には経済的な支援を行っている。また、基幹型臨床研修病院として研修医を受け入れ、これからの医療を担う医師の育成にも力を入れている。
 新病院では、診療科の垣根を取り払おうと全医局をワンフロアに集めた。パーテーションは透明にし、目線が塞がれないようにした。「他の診療科の先生に相談しやすくなったと好評です。私もいつも医局にいるので、若い医師たちも気軽に話しに来てくれます」。
 医局の一角に30人あまりのドクター秘書がいるのも同病院の特長だ。2024年4月から医師の時間外労働の上限規制が始まるが、それに向けて国では医師の働き方改革のためのタスク・シフト/シェアの議論が取りまとめられ、21年5月には「医師の働き方改革関連法」が成立した。こうした動きが起こる15年ほど前の2006年に、同病院ではドクター秘書をいち早く導入した。
 「ドクター秘書は診療情報提供書などの書類の作成や医師でなくてもできるさまざまな業務を行います。それによって、医師は医師本来の仕事に集中できます。実際、ドクター秘書を配置してからは医師の時間外労働が相当減り、医療効率がアップし、医師のやる気も高まりました」

■ 「医療は人」「医療は心」

モビール作品「風の音楽」が出迎える正面玄関
 正面玄関を入るとすぐに大きなモビールが目に飛び込んでくる。パイプに施された花弁が気ままに揺れ、花弁が風を受けるとパイプの中にある鈴玉が転がって、心地よい鈴の音が鳴るしくみだ。
 同病院が新築移転したのはコロナ禍の真っただ中で、今なおさまざまな計画が思うように進められない状況が続いている。正面とは反対側の玄関を閉鎖したため、風が吹き抜けず、鈴玉の音色を楽しめないままだ。いきいきホールやいしまるしぇも計画どおりの活用には至っていない。しかし、こうした厳しい状況下にあってもスタッフはいきいきと働き、患者に心から寄り添い、より安全で質の高い医療を提供しようと頑張っている。
 渕野氏は「医療は人」「医療は心」と語る。これからも白十字病院は地域の人々に、スタッフに愛される病院であり続けるに違いない。

取材・文/荻 和子 撮影/轟 美津子
写真提供/白十字病院

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