JMS情報誌「SIESTA」インタビュー

兵庫県姫路市

兵庫県立
はりま姫路総合医療センター

 JR姫路駅と直結された歩行者デッキを15分ほど進むと、12階建ての新しい建物に到着する。2022年5月1日にオープンした兵庫県立はりま姫路総合医療センター(736床、33診療科)だ。地域の医療問題を解決する切り札として誕生した新病院。地域の人々から「はり姫」と親しみを込めて呼ばれている。

■ 姫路循環器病センターと製鉄記念広畑病院が統合再編

木下芳一 院長
 姫路市など中・西播磨地域の11市区町村で構成される播磨姫路医療圏が抱えていた医療問題は深刻だった。同圏の医師の数は全国平均・県平均と比べて大幅に少なく、特に西播磨地域においては、県内でも最も数が少なかった。また、救急医療においても、受入照会回数4回以上の、いわゆる搬送困難例の割合が全国平均・県平均を上回り、中でも中播磨地域では全国平均の約2.3倍と大幅に上回っていた。中播磨地域で3次救急を受け入れていたのは循環器疾患の治療に特化した県立姫路循環器病センター(以下、姫循)と、80年以上基幹病院として地域医療を支えてきた製鉄記念広畑病院(以下、広畑病院)の2病院のみだった。そのため、どうしても受け入れには限界があった。
 そうしたとき、姫循の建物が老朽化し、建て替えの必要性が出てきた。その頃、姫循には循環器疾患だけを治療してもその誘因となる糖尿病などの基礎疾患も診なければ根本的な解決にはならないとの認識があった。また、循環器疾患を有する高齢者は多種の合併疾患を有することも多くなっていた。しかし、姫循はそれらに対応できる十分な機能は持っていなかった。ならばこの際、総合病院をつくり、地域の医療問題を解決したほうがよいのではないか。こうした背景から姫循とともに3次救急を担っていた広畑病院とが統合再編され、兵庫県立はりま姫路総合医療センター(以下、はり姫)が誕生した。
 ただし、これら2つの病院のキャラクターは大きく異なる。姫循は、心筋梗塞のカテーテル治療数が近畿圏で第3位など、循環器診療に関しては高いレベルを誇っていた。一方、広畑病院は製鉄所の企業立病院として労災・交通事故等に対応するとともに職員家族の一般的な疾患にも対応してきたことから、依頼があれば「やってみましょう」と3次救急も診る病院だった。
 はり姫院長で、開院前は姫循・広畑両病院の院長も務めた木下芳一氏はキャラクターの違いを次のように例える。
 「目の前の大きな川を渡らなければいけないとき、広畑病院は近くにあった物干し竿を使って急いで飛び越えようとします。一方、姫循は物干し竿には見向きもせず橋を探し、見つけたらトンカチで叩いて大丈夫か確認、さらに誰から渡るかを議論するという感じでした。両方のいいとこ取りをしたのがはり姫で、少なくとも物干し竿の長さをはかってから飛びます(笑)」

■ 地域の医療問題解決のための4つのミッション

 はり姫には地域の医療問題の解決という重要な責務があり、その実現のために4つのミッションを果たすと明言している。国は現在、医療機能の分化・連携を進めているが、この中ではり姫は地域の医療機関と連携しながら「高度専門・急性期医療」を担う。これが1つめのミッションだ。
 他の病院では難しい高度で専門的な治療を、各領域の専門医と救急やがん診療等の横断的な専門医が協力して診療する。そして、患者さんの負担が少ない低侵襲治療にも積極的に取り組み、心臓リハ、外来化学療法や緩和ケア等、きめ細かな治療とケアを提供する。
 そのため、さまざまなハードが導入された。IMRT(強度変調放射線治療)機能を備えたリニアックをはじめ、手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」やPET-CTなど、「ほぼすべての高度専門医療や急性期医療に必要なハードは揃っています」と木下氏は話す。
 2つめのミッションは、地域の最重要課題だった「救命救急医療」だ。病院棟1階の救命救急センターには、県内で兵庫県災害医療センターに次いで2番目となるハイブリッドERが導入されている。これにより、患者は手術や処置を受けながらベッドに寝たまま移動することなく、初期診療やCT・血管撮影などを利用した高度な治療を受けることができる。
 ハイブリッドERは、診療科を超えた「協働」の場となっている点も見逃せない。例えば心肺停止患者に体外循環式心肺蘇生を行う場合、呼吸管理と体外循環管理を救急科と循環器内科が協力・分担する。こうすることで、救急科あるいは循環器内科が単独で行うよりもスピーディーかつ上質な治療が可能となる。そこには、エキスパートの看護師や放射線技師、臨床工学技士も加わり、“one team”となって診療に当たる。同様に、脳血管障害や重度外傷患者に対する治療も複数診療科の参加で行われる。
 はり姫は兵庫県ドクターヘリ準基地病院となっており、屋上へリポートと救命救急センターは直通エレベーターでつながっている。また、ドクターカーも運用予定であり、より早期の医療介入を目指している。

JR姫路駅と直通する歩行者デッキ
屋上にはドクターヘリが発着するヘリポートがある

■ 病院棟と隣接する教育研修棟で若手医師を育てる

1Fメディカルモールの吹抜け空間
高機能シミュレータによる研修
 医師不足解消にも、はり姫は積極的に乗り出した。この「医療人材育成」が3つめのミッションだ。
 「姫路近辺の高校から毎年100名以上が医学部に進学していますが、帰ってくる人は少ない。その理由は、十分な現場教育を受ける場がこの地域に少なかったからです。はり姫の病院棟の隣には渡り廊下をはさんで教育研修棟があり、ここを中心に初期研修を行う基幹型の臨床研修プログラムと各領域の専門医の養成を行う専門研修プログラムを運用して、若手医師を専門医になるまで指導します。救急科の髙岡諒先生や総合内科の八幡晋輔先生など情熱のある方々が指導に当たってくれています(囲み参照)」
 大学病院並みの研修が受けられることと新病院という相乗効果で、2023年春からの研修医募集枠14人のところ、なんと60人の応募があった。
 この教育研修棟に、獨協学園と兵庫県立大学が入っていることも注目される。例えば、獨協学園のフロアには、姫路市協力のもと消化器内視鏡や関節鏡などの高機能シミュレーターが整備されている。「研修医や若手医師だけでなく、地元の開業医の方々も利用できます」との木下氏の言葉にあるように、はり姫は地域全体の医療レベルの底上げにも力を注いでいる。
 4つのめのミッションは「臨床研究」だ。獨協学園や県立大学と連携して医療機器の開発・改良に参画したり、臨床から出てきた問題解決に取り組んだりしている。「例えば、高齢の入院患者さんがベッドから立ち上がろうとして転倒・骨折する事故がしばしば起こります。現在はベッドの周囲に圧力検知シートを敷き、患者さんが不用意に立ち上がったら圧力感知シートが検出し警報が鳴る方法を用いています。しかし、それでは看護師がベッドサイドに行ったときには転倒しているので、今はセンサーを病衣に埋め込んで立ち上がりをAIが判断し警報が鳴る装置の開発ができないか検討を行っています」

緩和ケアやIVRなど、
多様な希望に応えて
救急専門医を育成


救急科 髙岡 諒
 はり姫は、救急科専門プログラムの基幹施設として救急専門医の育成に注力しています。通常の救急医育成研修で学ぶ初期診療と重症患者の集中治療だけでなく、病院前診療、災害医療、インターベンショナルラディオロジー、総合診療や緩和ケア、さらにはワークライフバランスを意識した働き方など、専攻医のさまざまな志向・希望に応えられるようにしています。
 はり姫は人的医療資源が非常に豊富です。若いうちから救急だけでなく、他科の先生方とコミュニケーションを取りながら幅広い知識や技術を学べるのも当院のメリットです。
 今後の救急医療を支える優秀な人材をはり姫から輩出していきたいと思っています。
総合力と専門性を
兼ね備えた医師を
育てたい


総合内科 八幡 晋輔
 私は、臨床研修や内科専門研修、総合診療専門研修に関わっています。
 若手医師には、どのような専門領域を選択するにせよ、患者さんから相談があればまずはその訴えに耳を傾け、簡単な問題であれば自分で対処でき、必要であれば適切に専門診療科や部署に紹介できるといった総合力を身に付けてほしいと思っています。また、医療機関の規模や土地などによって働く環境や役割は様々ですが、どんな環境に置かれても活躍できる、そんな医師になってほしいです。その上で、興味ある分野で高度な医療を身に付けてほしい。そのような総合力と専門性を兼ね備えた医師を、はり姫で育てたいと考えています。

■ 姫路城に次いで自慢できる医療施設に

救急アンギオCT室
ロボット手術室
 開院の準備に向けて、広畑病院からは整形外科医が定期的に姫循に出向いて放射線技師に関節のレントゲン撮影法を指導。両病院の看護部では共同研修を何度も行い、同一レベルの知識や技術の習得に努めた。人員も増やし、怠りなく準備をしてきたはずだったが、いざ開院すると想定外のトラブルが次々と起こった。
 「患者さんからの問い合わせ電話が殺到して回線がパンクしてしまいました。その上、院内の電話もつながらなくて、皆さんには大変なご迷惑をおかけしました。会計システムもうまくいかず、会計に2、3時間もかかってしまうこともあり、ずいぶんお叱りを受けました。電話は回線を予約専用や救急ホットラインなどに分けることで解消しましたが、会計はまだ30分ほどかかっているので、15分に短縮するのが目標です」
 開院して半年余り。ほかにも新たな目標を掲げている。
 「はり姫には多額の税金が投入されています。それを無駄にしないためには稼働率を100%にしなければいけません。現在は80%なので、まずは90%を目指します。また、救急応需率を80%から90%に、平均在院日数を12日から10日にすることが目下の目標です」
 木下氏はさらにこう続ける。「地域の人の自慢は何といっても姫路城です。1番は姫路城に譲るとして(笑)、2番めに地域の人が自慢する、日本を代表するメディカルセンターになることも大きな目標ですね」。
 この目標に達するための一つの指標として、木下氏が挙げるのが論文数だ。これまで姫循と広畑病院では、あわせて年間30本ほどの英語論文を発表してきた。大学病院などの特定機能病院の承認要件の一つが年間100本以上。「はり姫は数年のうちに100本はいけるのでは」と木下氏は期待する。
 本館最上階の12階に外来用、職員用の食堂がある。そこから姫路城の雄姿を望むことができる。地域の人が姫路城に次いではり姫を自慢するようになるのは、それほど先のことではないだろう。

4Fのリハビリガーデン
姫路城の眺めを楽しめる外来レストラン

取材・文/荻 和子 撮影/轟 美津子 写真提供/兵庫県立はりま姫路総合医療センター

最新号の SIESTA はこちら