第29回 日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会

第29回 日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会
ランチョンセミナー11

Seminar Report

舌筋力訓練における
舌圧測定器の活用方法と有用性

日時:2023年9月3日(日)
会場:パシフィコ横浜ノース

食物を摂取する際、咀嚼や嚥下機能と同様に重要な役割を担う舌筋力。近年、この舌筋力の評価指標として舌圧が用いられている。
さらについ最近では舌圧測定器を使った舌筋力訓練も普及しつつあるという。舌筋力訓練のための舌圧測定器の活用方法について紹介する。

座長

東京大学医学部附属病院
摂食嚥下センター
センター長

上羽瑠美 先生

講演

舌筋力訓練における舌圧測定器の活用方法と有用性

演者

川崎医療福祉大学
リハビリテーション学部
言語聴覚療法学科 准教授

矢野実郎 先生

■ 2023 年6 月、JMS 舌圧測定器がリハビリテーション(訓練)に使用可能になる

 人が食物を摂取する際、口腔内に取り入れた食物を咀嚼しますが、その時に唾液と粉砕した食物を混濁して食塊を形成し、咽頭へと移送する役割を担うのが舌筋力です。舌筋力は加齢とともに低下する傾向があるとともに、脳卒中、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症などの神経筋疾患、頭頸部がんなどの疾患の影響によっても低下することが知られています。舌筋力が低下すると食塊形成が困難になり、食塊を咽頭へ移送することも難しくなります。そのため、舌筋力訓練によってその機能を維持・回復する必要があります。
 舌筋力を評価する指標として周知されているのが舌圧です。舌圧とは舌を口蓋に押し付ける圧力の測定値であり、これを計測するものとして本邦ではJMS舌圧測定器が知られています。この測定器は2010年に医療機器として認可されました。それ以前、本邦においては舌圧についての学会発表や論文がほとんどありませんでした。しかし、本測定器が医療機器として認可されると舌圧についての学会発表や論文が増加しました。さらに平成28年度診療報酬改定で舌圧測定の算定が可能になると、舌圧についての学会発表と論文が急増しました。
 舌圧の測定方法は(図1)のとおりです。舌圧プローブを被験者の口腔内に挿入し、舌圧プローブの硬質リングを前歯で軽く保持するように被験者に指示します。数秒間、舌で舌圧プローブのバルーンを舌で口蓋へ押しつけて潰すと舌圧が測定器の液晶パネルに表示されます。

 現在、舌圧測定を行うと1回につき140点、3月に1回算定可能とされています。これは舌圧測定器を用いて舌の力を定量評価することで舌機能低下を把握し、口腔機能低下症の診断やその後の治療効果の向上を図ることを目的とした歯科診療報酬項目(D012 舌圧検査)です。また舌圧検査は、口腔機能低下症の診断以外にも、舌接触補助床または口蓋補綴、顎補綴を装着する患者もしくは広範囲顎骨支持型装置埋入手術の対象となる患者に対して舌圧測定を行った場合も算定でき、この場合は月2回まで算定が可能となっています。
 本邦における舌圧測定器の使用は舌筋力の評価を目的としたものとして位置づけられていました。JMS舌圧測定器は国内唯一の舌圧測定器になりますが、その医療機器製造販売承認上、訓練に使用することは認められていませんでした。しかし2023年6月、その使用目的の承認範囲が最大舌圧の測定のみから、口腔や嚥下の機能の低下に対して行うリハビリテーション(舌筋力訓練)にも使用できるよう拡大しました。これまで舌筋力訓練は、スプーンの背や舌圧子で舌をタッピングして刺激を与えるタッピング、スプーンを舌の上に乗せて軽く押し、押す力に抵抗して舌を持ち上げてもらう舌背挙上訓練などの間接訓練が中心でしたが、JMS舌圧測定器が舌筋力訓練に使用可能となったことで、これからはバイオフィードバックを伴う視覚的にわかりやすい訓練が実施できるようになります。
 嚥下訓練には食べ物を使った直接訓練と食べ物を使わない間接訓練がありますが、患者の病態に応じて両方を組み合わせて行うことが望ましいとされています。その訓練指標に舌圧を取り込んで訓練を実施すれば、より効果的な直接訓練と間接訓練が実施できるようになるのではないかと思います。

■ リアルタイムで舌圧を確認舌筋力訓練の継続へつなぐ

 では、JMS舌圧測定器を使った舌筋力訓練の方法について解説します。具体的にはプローブを口腔に挿入し、舌でバルーンを口蓋へ30回押しつける反復運動を1日3セット、週3回、8週間にわたって継続します。
 バルーンを口蓋に押しつける強度ですが、最大舌圧から算出します。最大舌圧は、バルーンをできるだけ強く口蓋へ押しつけた際にJMS舌圧測定器本体の液晶パネルまたはPCに接続して使用する場合はPCの専用ソフトウェア画面(図2)に表示されます。舌筋力訓練の1週目は最大舌圧の60%(最大舌圧が50kPaであれば30kPa)、2週目からは最大舌圧の80%(最大舌圧が50kPaであれば40kPa)で反復運動を行います。JMS舌圧測定器は、リアルタイムで舌圧が表示されますから、患者はその数値を確認しながら30kPaや40kPaの強度を正確に維持できるメリットがあります。

 先行研究によって、舌筋力訓練はその強度によって訓練効果に大きな差はないとされています。また、最大舌圧を用いて訓練すると、反復回数が大きく低下することも報告されています。そこで強度については、訓練に慣れていない1週目は最大舌圧の60%、2週目からは80%としました。訓練頻度については先行研究により、週3回と週5回において統計学的な差はないとされています。私の経験から、週3回は患者の負担が少なく、週5回は練習を習慣化されるために適した頻度と考えています。訓練開始当初は患者の負担が少ないほうが継続につながりやすいことから週3回としています。
 訓練期間を8週間としたのは、この期間訓練を継続すると増加した舌筋力が健常高齢者で約4週間持続することが示されたからです。この8週間の訓練により、口蓋に舌先を押しつける舌前方の筋力だけでなく、食塊を咽頭へ移送するための舌後方の筋力も増強されることもわかっています。
 なお、JMS舌圧測定器のプローブは単回使用となっています。これを毎回舌筋力訓練に使用するとコスト的な負担が大きいため、株式会社ジェイ・エム・エスが販売している「ペコぱんだ®」で代用することをお勧めします。これは、5、10、15、20、25、30kPaと強度別にラインアップされている簡易な舌圧トレーニング用具です(図3)。一度、JMS舌圧測定器で最大舌圧を計測すれば、目標舌圧に応じてこの用具を使い分けて舌筋力訓練を継続して行うことができます。

 なお、義歯の有無によって口腔容積が変化するため、義歯装着の方は、最大舌圧計測時と同じ口腔状態で舌筋力訓練を行うことが大切です。JMS舌圧測定器を適切に舌圧の評価と舌筋力訓練に活用し、1人でも多くの方の経口摂取維持・向上に役立てていただきたいと思います。

座長からのコメント

 JMS 舌圧測定器がリハビリで利用が可能となったものの、コストは課題と言えます。医科における舌圧検査の診療報酬が設定されていない現状においては、例えば摂食機能療法や脳血管疾患等リハビリテーション料などでの活用を検討していくことが重要になると考えます。

取材・執筆:日本医療企画「ヘルスケア・レストラン」編集部

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