第30回日本がん看護学会 学術集会

第30回日本がん看護学会 学術集会

教育セミナー7

抗がん剤曝露対策のポイント

日時 2016年2月20日(土)12:50〜13:50

会場 ホテルニューオータニ 翔の間(第10会場)

座長

NTT東日本関東病院
がん看護専門看護師

小澤桂子先生

 昨年、日本がん看護学会、日本臨床腫瘍学会、日本臨床腫瘍薬学会の3学会合同による「がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン」が出ました。今まさに、皆さんの病院においても、抗がん剤曝露対策に取り組んでいる、あるいはこれからどのように取り組もうかと検討されているのではないでしょうか。今日のお二人の先生のご講演は、そのような皆さんに非常に役に立つと思います。最初に講演していただく中西弘和先生は抗がん剤曝露対策の研究で高名な先生で、多くのガイドラインやマニュアルの作成にも深く関わっていらっしゃいます。次に登壇される森井淳子先生は、実際に今曝露対策に取り組まれておられます。どのようなご苦労があったかなど、具体的に紹介していただけると思います。お二人の先生から、どのようなお話を伺えるかとても楽しみです。

講演1

抗がん剤曝露対策のポイント

演者

同志社女子大学薬学部
教授

中西弘和先生

■ 危険薬の定義

 1990年の米国病院薬剤師会の提唱を受け、2004年米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は、次の①〜⑥のうち1つ以上満たすものを危険薬と定義しました。

 

①発がん性
②催奇形性または他の発生毒性
③生殖毒性
④低用量での臓器毒性
⑤遺伝毒性
⑥上記の薬剤と類似する毒性を有する

 

 2014年時点で抗がん剤102剤、非抗がん剤47剤、生殖毒性を持つ薬剤40剤、合計189薬剤が危険薬リストに掲載されています。また、国際がん研究機関(IARC)は発がん性リスクの一覧を発表しています(図表1)。グループ1はヒトに対する発がん性が認められる物質ですが、免疫抑制剤のシクロスポリンが含まれており、皆さんよくご存知のシクロホスファミドと同じグループです。NIOSHは危険薬リストを2年毎にアップデートしています。リストに載っていない新しい薬剤でも、十分に注意をしながら取り扱う必要があります。

■ 図表1
国際がん研究機関(IARC)による発がん性リスクの一覧

■ 抗がん剤曝露対策について

 国際的なガイドラインや勧告としては、既に1980年代から既に始まり、2004年のNIOSHの勧告や国際がん薬剤師学会(ISOPP)からのガイドラインが出ています。日本においては1991年に「抗悪性腫瘍薬の院内取扱いの指針」が示されて以降、直近では、2014年に「厚労省通知」、「抗がん剤曝露対策協議会」の設立、さらに2015年には医療の質と安全学会の「医療安全共同行動の行動目標Wに指定」され、病院機能評価においても抗がん剤曝露対策が内容に含まれてくることになります。
 危険薬が体内に取り込まれる主なルートとして、「呼気」、「皮膚」、「口」、「事故(針刺し等)」による曝露が考えらますが、医療従事者の曝露対策として注目すべきは「皮膚」の曝露ルートであり、個人防御の着用の必要性を理解すべきです。
 閉鎖式器具について、私達の研究では、抗がん剤の調製段階での「曝露の封じ込め」に効果があることがわかっています。調製や投与時の曝露は、手袋や輸液バッグを汚染し、曝露を医療現場に拡散させてしまします。シクロホスファミドの調製に閉鎖器具を用いている施設ですと、調製者の手袋や輸液バッグ表面からは検出されませんでしたが、私自身が閉鎖器具を使用せずに調製してみると、手袋は100%、輸液バッグの表面からは80%の確率で検出されました。5FUは、その施設では閉鎖式器具は用いられていませんでしたので、結果は手袋で80%、輸液バッグ表面からは20%の確率で検出されました。
 また、閉鎖式器具でも製品によっては、その接合部から残液が認められ、それをシクロホスファミドに換算すると4〜12μgに相当することがわかっています。このようにそれぞれの閉鎖器具の性能を理解し、施設の状況に合わせて使用することが重要です。

■ 図表
危険薬曝露防止の歴史

■ 図表2
医療者の尿中抗がん剤量

 図表2は私達が、閉鎖式器具を導入する前に、医療者の尿中抗がん剤量(シクロホスファミド)を調べた結果です。抗がん剤を取り扱っていた外来看護師からは128.6ng/日が検出され、この方は手袋をしていませんでした。また、薬剤調製は行わずに、調製監査と調製前後薬剤の受け渡しを素手で行っていた薬剤師からは232ng/日が検出され、手袋やガウンを着て安全キャビネット内で調製作業を行っていた薬剤師からは11.1ng/日しか検出されました。このように手袋着用の有無でこれだけの大きな差が出てきます。更に、このような曝露を40年間連続していると、がんになる確率が高いというデータが出ています。

■ 抗がん剤曝露対策の実際

 曝露対策のヒエラルキーコントロールという概念があります。この考え方は防護と保護の考え方があります。この中で一番取り組みやすいのが個人防御です(図表3)。具体的にはディスポ帽子、マスク、プラスチックゴーグル、アイソレーションガウン、手袋(ニトリル性/二重)の着衣が推奨されています。ラテックス手袋を使う場合は、30分経ったらアルコール等が表面から染みてくるというデータがあるので、30分ごとに交換してください。
 閉鎖式接続器具は、薬物を異なる容器に閉鎖的に移送するシステムです。外部からの細菌などの侵入を防ぎ患者さんを守ります。更に危険薬の外部への漏れを防ぐことができるので、患者さんやそのご家族、更に医療従事者も守ることができます。
 衣服に抗がん剤が付着したときには直ちに手袋を着用し付着部位を流水で洗い、さらに洗剤で洗います。高度に汚染した衣類は、他のものと一緒に洗濯してはいけません。床や作業台が汚染したときは、ゴム手袋を着用して、汚染箇所をペーパータオルなどで外側から中心に向かって拭き取ります。さらに不活化剤で拭き取ります。拭き取りに使用したタオルなどは汚染が広がらないように密封し廃棄します。
 患者さんからの排泄物についても注意が必要です。抗がん剤投与後48時間以内は尿や便、汗、呼気(図表4)などの排泄物に注意します。最近のトイレは節水型になっているので、排泄後はトイレを2回流します。男性患者さんは立っての排尿は抗がん剤を含んだ尿で、周囲を汚染させる危険があるので止めましょう。リネン・衣類は他のものと分けて2回洗濯します。
 抗がん剤投与を受けた患者さんの排泄物にも一定期間は抗がん剤が含まれており、それぞれの薬剤別に個人防御をすべき期間は示されています。最近は在宅で抗がん剤投与を受ける患者さんも増えています。そうした患者さんには抗がん剤曝露の危険を伝え、対処法を指導しなければならない時代になっています。

■ 図表3
ヒエラルキーコントロールの概念

■ 図表4
抗がん薬の排泄

■ 自分の子どもが医療従事者だったら

 2014年6月に抗がん剤曝露対策協議会(理事長:国立がんセンター名誉教授 垣添忠生先生)が設立されました。また、「医療安全全国共同行動 いのちをまもるパートナーズ」が出した10の行動目標の中の「行動目標W」に「抗がん剤曝露のない職場環境を実現する」とされ、推奨する対策として「閉鎖式接続器具を活用する」「取り扱い時におけるガウンテクニックを徹底する」などの5項目と、チャレンジとして「危険性薬物の曝露対策がされている製品へ切り替える」「職員全員が細胞性毒性物質の存在と、どのような場面でも汚染の危険性があることを認識する」など12項目が挙げられています。このチャンレンジの中には、「在宅療養において細胞毒性薬を取り扱う場合は、医療従事者および家族が被曝しないよう手順を明確にしておく」との項目も含まれています。在宅で抗がん剤を投与された患者さんの家族が被曝したというデータがすでに出ています。在宅の患者さんの抗がん剤投与時に家族をいかに抗がん剤曝露から守るかは今後私たちが取り組まなくてはいけない大きな課題です。
 自分の子どもが医療従事者だったら今の状況で毎日抗がん剤を調製させられるだろうか、投与させられるだろうかと自問して、抗がん剤被曝対策を進めていただきたいと思います。

講演2

抗がん剤曝露対策の現状と課題 −看護師の視点から−

演者

社会福祉法人 京都社会事業団 京都桂病院
看護部係長 がん看護専門看護師 緩和ケア認定看護師

森井淳子先生

■ アンケートや調査結果のデータで現況を可視化

 当院では、抗がん剤曝露対策については薬剤科が先駆的に取り組んできました。安全キャビネットは以前からクラスⅡタイプB2が設置されていました。2006年にシクロホスファミドによる環境汚染調査を外来化学療法室と薬剤科で実施し、環境汚染が明らかになっただけでなく、薬剤調製に関わっていない職員の尿中からも検出されました。そこで、2008年からシクロホスファミドなど3製剤に関して閉鎖式薬物移送システムを調製時に導入しています。
 一方、看護部では2009年から新人教育の一環として抗がん剤の曝露対策研修を行っています。しかし、「研修が現場ではどの程度活かされているのか」、「現場での対策の状況はどうなっているか」、「院内の理解が進んでいるのか」などは疑問でした。
 2014年に厚生労働省基準局安全衛生部より、抗がん薬の曝露対策を実施する必要性と留意事項についての通達が出されました。これは後押しになると思い、経営層に抗がん薬の曝露対策に取り組みたいと要望しましたが、良い回答はもらえませんでした。
 そこで現状把握から始めようと考え、2014年抗がん薬取扱いに関するアンケートを全部署の看護師対象に実施しました。その結果、「経験年数の長い看護師ほど曝露対策教育を受けたことがない」、「エプロンを着用していない」、「患者・家族への曝露予防の指導を行っているとの回答は半数にとどまっている」ことなどがわかりました(図表1・2)。また、実際に現場の状況を見てまわったところ、リユースの尿カップが使用後そのまま置いてあったり、点滴の作業台に抗がん剤が乱雑に置かれている現実がわかりました。

■ 図表1
抗がん薬取扱いに関するアンケート調査結果1

■ 図表2
抗がん薬取扱いに関するアンケート調査結果2

 2015年、私は同志社女子大学薬学部の社会人研修生として、フルオロウラシルによる環境汚染調査を外来化学療法室と薬剤科を対象に実施しました。その結果、すべての調査箇所より汚染が検出され、特に男性の床置型小便器の足元床面から非常に高い濃度のフルオロウラシルが検出されました(図表3)。
 このような調査結果の可視化したデータを管理者会議で報告しました。

■ 図表3
環境汚染調査結果

■ 院内TQM活動としての抗がん剤曝露対策の取り組み

 当院では院内TQM(総合的品質経営)活動に以前から取り組んでいます。年1回の発表会には院長や副院長、看護部長などさまざまな職種が出席します。これも抗がん剤曝露対策の意識向上には良いチャンスだと思い、医師、薬剤師、外部清掃業者での対策チームをつくり、発表を行いました。この活動の中で、組織の理解と取り組みを行うための弊害や問題点を洗い出しました(図表4)。医療者が曝露による身体の影響を知らない、曝露経路を知らないといった知識不足、統一されたマニュアルがない、教育を受ける機会がないという教育体制の問題、外部業者についても、防護服が不十分、知識がない、患者さんや家族への指導ができていない、環境・物品の整備が不十分といった問題点が明らかになりました。それらを「認識不足・教育体制」「環境・物品」「患者・家族」の3つに大きく分け、それぞれに対策を立てました(図表5)。

■ 図表4
抗がん剤曝露対策に対する弊害や問題点

■ 図表5
抗がん剤曝露対策立案

■ 抗がん剤曝露対策小委員会で活動開始

 抗がん薬の曝露対策は看護師だけでできることではなく、多職種で取り組むことが重要になります。2015年から化学療法委員会の下部委員会として「抗がん剤曝露対策小委員会」を設置し、活動を始めました。抗がん薬を扱う部署は薬剤科、病棟、外来化学療法室、手術室、泌尿器外来など多岐にわたります。各部署の現状調査を実施し、対策の必要性を具体化して、必要物品の導入を検討し、提供することを行っています。研修会の企画や運営、マニュアルの整備やパンフレット・ポスターの作成も行っています。必要物品の導入検討では、閉鎖式投与器具システムの新規購入を申請しました。現在、数社からそのようなシステムが発売されていますが、導入にあたっては、複数の製品のサンプリング使用を実施し、「現場のナースが操作しやすく使いやすいか」、「施設のレジメンを大幅に変更せずにすむか」、「閉鎖性の性能」、「コスト」など多方面から検討しました。また、患者・家族向けに化学療法について書かれた「セルフケアサポートブック」という小冊子の中に抗がん薬曝露対策も盛り込み、一緒に指導するようにしています。
 最近、現場スタッフから「使用した尿器の処理はどうしたらいいの?」「スピルキットを用いて、こぼれた抗がん薬の処理をしたあと、床などは何で拭けばいいの?」など、問い合わせが増えています。これは意識向上の現れではないかと嬉しく思っています。これらの質問には、委員会メンバーでガイドラインを元に対策方法を考え、院内統一を図るためにそれを現場に伝えることを繰り返し行っています。

■ まとめ

 抗がん薬曝露対策としては、①曝露する可能性のある業務を目で見て、確認して、取り組みが必要なところを具体化する、②対策に必要な物品(閉鎖式薬物移送システム、個人防護服、スピルキットなど)の導入を検討し提供する、③マニュアル化する、④患者・家族への指導を行う、⑤医療スタッフだけでなく関係する外部業者も含めた教育を継続的に行うことが大きな流れになると思います。
 ポイントとしては、「病院の状況を可視化して伝える」「組織の委員会活動等との協議を図る」ことが挙げられます。
 ぜひ皆さんの施設でも抗がん薬曝露対策に取り組んでいただきたいと思います。

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