医療関連感染防止対策セミナーレポート

開催:広島  2016 年12月3日

講演内容 演者氏名/ 病院名
【指定講演】
座長 桑原正雄 先生 / 広島県感染症・疾病管理センター
〔医療材料/感染対策〕
【指定講演1】
経腸栄養器材の単回使用導入から6年経った今

~Total Winを目指して~
内海友美 先生 / 尾道市立市民病院
〔院内活動/感染対策〕
【指定講演2】血流感染対策の実際
森美菜子 先生 / 広島大学病院
【教育講演】
座長 桑原正雄 先生 / 広島県感染症・疾病管理センター
【教育講演】口腔ケアによる感染防止対策
~隠れた術前遠隔感染を見逃さないために~
延原 浩 先生 / 県立広島病院
【特別講演】
座長 桑原正雄 先生 / 広島県感染症・疾病管理センター
【特別講演】多剤耐性菌の現状と対策 大毛宏喜 先生 / 広島大学病院

医療関連感染防止対策セミナー 2016 in 中国Ⅱ

  • 日時:2016年12月3日(土)
  • 場所:広島市文化交流会館 3F 銀河

指定講演 座長

桑原正雄 先生

広島県感染症・疾病管理センター センター長

2003年、株式会社ジェイ・エム・エスより、医療関連感染防止対策をテーマにしたセミナーを開きたいという話がありました。医療関連感染防止対策は医療者にとって重要なテーマなので、全国で開催したらどうかということになり、第1回目を同社の本社がある広島で行いました。あれから13年以上が経ち、本日の開催で54回目になると聞きました。広島ではこれまでに7回開催しています。

このセミナーは、毎回、機器・材料の医療安全と感染症対策という2本の柱から構成されています。今回は歯科領域の感染対策を新たに加えて企画いたしました。皆さんにとってどの講演も大いに参考になると思いますので、ぜひ楽しみに聴いていただきたいと思います。

指定講演1 〔医療材料/感染対策〕

経腸栄養器材の単回使用導入から6年経った今 ~Total Winを目指して~

内海友美 先生

感染管理認定看護師
尾道市立総合医療センター 尾道市立市民病院 医療安全委管理部 感染制御室

● ラウンドの結果、水回り環境整備の必要性を感じる

2010年4月、私は感染管理認定看護師教育課程を修了後、すぐに感染制御室に配置され、専従で活動を開始しました。現場の情報を得ることが大事だと考え、ラウンドを行いました。A部署のシンクでは、コップが十分に消毒液に浸漬されていない、水切れが悪い状態でスポンジが保管されている、器材に適した消毒薬の選択と濃度管理が共に曖昧といった状況が見られました。B部署のシンクでは、経腸栄養ボトルが浮いている、浸漬容器の落としぶたが横に追いやられている、あらゆる器材が放り込まれている、経腸栄養セットの内腔を消毒液で充填していないという状況がありました。現場からは、ちゃんと浸けた、栄養セットの中も消毒液を通している、浸けた後は看護補助者さんに任せているといった声が聞かれました。

洗浄・消毒の質が担保できていない、水回りが常に湿っている、煩雑になっているという状況から、水回りの環境整備が必要であると感じました。(図1)

図1

 

そこで、同年8月、超音波ネブライザ(水槽)の機種を変更し、9月に経腸栄養器材の単回使用への変更、11月に採用消毒薬の適正化とノンクリティカル器材の処理方法の統一化に取り組みました。

経腸栄養器材については、セパレートタイプへの要望があったことから、それを中心に二つの代案を考えました。一つは、栄養ボトルを再利用し、それ以外を単回使用にする案、もう一つは栄養バッグへ変更し、単回使用する案です。1患者1日3食分について、開始日初日の費用と2010年当時の平均在院日数15.8日に係る費用をそれぞれの案と現状で算出しました。
(図2)

代案1は現状との差はほとんどありませんでした。代案2は現状より、開始日初日の費用は約130円安くなり、平均在院日数15.8日に係る費用は約2,588円高くなることがわかりました。この差額をどうとらえるかですが、ICT(感染防止対策チーム)内で、ラウンドで問題点として挙げられた洗浄・消毒の質を担保する、水回りの湿潤環境を改善する、洗浄時の個人防護具着用を再確認する、必要なところに時間を使う業務改善が必要であること、さらに、下痢あるいはクロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)関連下痢症の低減が見込めるという観点から、ICC(感染防止対策委員会)で経腸栄養器材の単回使用導入について提案することを検討しました。

図2


● 導入が決定。しかし、新たな問題が発生

ICCには、ICTラウンド結果を画像付きで提示したほか、水回り環境の整備を必要とした理由や洗浄・消毒の考え方を述べ、経腸栄養器材の現状と代案について運用方法と費用を提案しました。その結果、承認を得ることができました。

導入して間もない2011年1月にB部署のシンクを再調査したところ、浸漬容器の落としぶたとふたを適切に使用していました。しかし、患者さんの個人コップもあったことから、これを部署のシンクで消毒する必要があるかどうかをリンクナースと協議しました。2012年12月には安易な浸漬消毒を廃止し、水回り環境の劇的な改善がみられました。現場からも、物品が少なくなったので洗浄にかかる時間が大幅に短縮した、水撥ねや汚れが目立ち、すぐ拭き取ろうという気持ちになった、といった前向きの声が聞かれました。

ところが、2014年、新たな問題が発生しました。NST委員会で経腸栄養に関する収支(器材・手技を含む)を調査したところ、1食あたり100~600円マイナスになっている。入院時食事療養費(1,920円/日)内で収めるためには、経腸栄養器材の単回使用を再検討する必要があるという議題が上がったのです。

私はNST委員会に出席し、2010年にICCにおいて承認を得た内容について説明しました。それに加えて、厚生労働省からの通知(2004年2月9日付、2007年3月30日付)に基づいて取り組んでいること、また、NST委員会で話をする直前の2014年6月19日にも厚生労働省医政局長通知「単回使用医療機器(医療器具)の取り扱い等の再周知について」が出されたことなどを提示しました。

NST委員会では、「病院では毎食、栄養セットを交換するけれども、在宅では再利用を勧めている。病院と在宅での管理の差は何か」「栄養バッグは丈夫にできているので、単回使用することがもったいなく感じる。再利用できるのではないか」「廃棄物コストはどうなっているのか」などの疑問の声や意見が出されました。一方で、「患者の状態に応じて、どの経腸栄養器材(栄養バッグ、カテーテルチップ、簡易懸濁ボトル)を使うのが望ましいかを選択している」「清潔で安全に経腸栄養が投与できるようにしたい」「収支がマイナスになることは避けたいが、感染症を起こしたときの治療費は病院の持ち出しになることを考えるべき」「他社の経腸栄養器材と競合させて、納入価格低減にも取り組んでほしい」といった心強い援護射撃の声や意見もありました。

● 患者さんを中心に関係者が連携

現在、経腸栄養器材の単回使用を導入して6年が経過しました。現場が困らないようにと作成した経腸栄養剤形別の器材選択一覧表(図3)をもとに、各現場では単価も考慮しながら工夫してくれています。

経腸栄養の器材払出数と実施食数の推移を見てみると、単回使用を導入した2010年には1日平均経腸栄養患者数は25人だったのが、2015年度には15人と減少しています。2011年には経腸栄養実施食数や使用器材は増えていますが、その後は徐々に減っています。懸濁ボトルなども上手に使用してくれていることが見てとれます。

NST委員会で出た廃棄物コストについては横ばいで経過しており、単回使用を導入したからといって、廃棄物量が増えているわけではないことがわかりました。

これまでの当院の取り組みから、「ICTラウンド結果を印象づける」「改善が必要な理由や根拠を根気強く明確にする」「費用を含めた改善策を提案する」「他の委員会や部署とも連携し、仲間を増やす」「スタッフが困らないように運用方法を明確にする」ことが重要だと考えます。

医師からは「下痢や誤嚥が発生しないように管理をお願いしたい」、看護師や看護補助者からは「洗浄・消毒作業が廃止になり、業務が改善された」、管理栄養士からは「経腸栄養器材の新製品のリサーチを続ける」、事務部門からは「無駄なコストを抑え、必要なところを手厚くしていきたい」などという声が聞かれるようになり、関係者の間で患者さんを中心とした連携が取れるようになってきました。患者さんに清潔で安全な食事を提供すれば、患者さんと病院との信頼関係にもつながってきます。これからも、Total Winを目指して取り組んでいきたいと思います。

図3

 

指定講演2 〔院内活動/感染対策〕

血流感染対策の実際

森美菜子 先生

感染管理認定看護師
広島大学病院 感染制御部 副部長

● はじめに

血管内留置カテーテルは使用頻度の高い医療器材であると思います。本日はカテーテル関連血流感染(Catheter-Related Bloodstream Infection:CRBSI)の対策のポイントについて述べたいと思います。

カテーテルへの微生物侵入経路で最も多いのがルート接続部位の汚染です。そのほか、カテーテル挿入部位の汚染、薬液の汚染などがあります。そこで、これらを予防するための当院の取り組みをお話しします。

● ルート接続部位の管理

ルート接続時の管理のポイントは三つです。まず、一つめは素手で操作していないかということです。手に付着している菌を点滴内に押し込まないように、点滴の操作前に手指衛生をし、手袋を着用することが重要です。

二つめは、手袋着用のタイミングは適切かということです。手袋を着用していても、接続までに手袋で様々な環境表面に触れていると、点滴接続時にはすでに手袋が汚染していることになり、意味がない手袋になってしまいます。そこで、手袋は接続直前に装着することが重要です。

三つめは、接続部分の消毒を行っているかということです。アクセスポートの消毒が不十分であった場合、アクセスポート表面に付着している菌がルート内に押し込まれます。(図1)そこで、アルコール綿を換えて2~3回ゴシゴシと物理的に汚れを落とすように消毒することが重要です。視覚的にイメージできるように、蛍光塗料を用いる等の工夫を行い、消毒の必要性を教育しています。

図1

 

● カテーテル挿入部の管理

これまで当院では刺入部の消毒にポピドンヨードを用いていました。しかし、クロルヘキシジンアルコールの方がカテーテルへの細菌定着が少なく、感染症発生リスクが抑えられるということから、クロルヘキシジンアルコールへ切り替えました。

ドレッシング材の交換に関しては、1週間にこだわらず、剥がれかかっていればその都度交換しなければなりません。特に夏は汗をかき、ドレッシング材が剥がれやすいと思われますので、十分観察が必要です。

また、挿入時や交換時にはディスポタオルで挿入部位周囲の皮脂を落とすことも大切です。なお、過去にはいくつかの病院で清拭タオルによるバチルス菌のCRBSI発生報告がありますので、このような清潔部位にはディスポのタオルを使用するのが望ましいと考えます。

● ルートの管理

末梢カテーテルは感染発生頻度がCVカテーテルよりも低いですが、血流感染を起こせば患者さんへの影響は同じです。細菌が繁殖しやすく感染リスクを高める薬剤として、輸血・血液製剤、脂肪乳剤、糖・アミノ酸・電解質製剤が挙げられます。末梢カテーテルであっても、これらの薬剤を投与している場合は特に注意が必要です。

CDCのガイドラインではCRBSIの予防としてCVカテーテルを定期的に交換することは推奨されていませんが、感染が疑われる場合には、入れ替えが有効な場合があります。ただし、ガイドワイヤーを使用して入れ替えてはいけません。

しかし、実際は入れ替えが困難な患者もいます。そのような時は、病原体により抜去の判断が異なる場合があります。黄色ブドウ球菌(S. aureus)はカテーテル抜去が必要ですが、表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)は抜去せずに抗菌薬治療が可能な場合もあります。また、真菌の場合は抜去しなければなりません。カンジダ(真菌の一種)血症の予後規定因子を調べた研究では、死亡に影響を与える因子として、加齢、APACHE Ⅱスコア、免疫抑制療法が挙げられています。一方で、CVカテーテルを抜去すると死亡率が低下することが明らかとなっています。

● 当院のCRBSI発生事例から

以上のポイントについて、院内でカテーテル管理の教育を行っていますが、それでもCRBSIが発生することがあります。点滴管理に関わる全ての職種が、CRBSI予防策を継続して実践できるためには、繰り返し教育を行うことが必要であると思います。

また、当院の事例においてCRBSIのリスク因子を分析した結果、ルートへのアクセス回数が多いことがリスクとなっていることが分かりました。問題が生じた時に部署全体でカテーテル管理について話し合うことも必要ですし、問題が起きていることを速やかに察知できる体制も整えておく必要があると考えています。

● まとめ

CRBSIの多くは、アクセス時の医療者の手によって起こっています。手指衛生と手袋着用、そしてそれを実施するタイミング、接続部の消毒という対策の基本を遵守することが重要であり、そのためには継続して教育を行うことが必要であると考えます。

教育講演 座長

桑原正雄 先生

広島県感染症・疾病管理センター センター長

広島大学歯学部を卒業された延原浩先生は補綴が専門で、日本補綴歯科学会の専門医、指導医としてご活躍ですが、同時に県立広島病院では摂食嚥下チームをけん引してこられ、さまざまなデータをまとめて学会等で報告されています。今日は「口腔ケアによる感染防止対策」ということで、これまで取り組まれてきた成績等も含めて、口腔ケアの重要性と実践についてご紹介いただけることと思っております。

教育講演

口腔ケアによる感染防止対策 ~隠れた術前遠隔感染を見逃さないために~

延原 浩 先生

県立広島病院 歯科・口腔外科 部長

● 怖い怖い口の中の細菌

消化管の入口である口腔内には約700種類もの細菌が存在するといわれています。さまざまな悪玉菌がいますが、中でもPorphyromonas gingivalis(P.g.菌)は歯周病の主犯格で、血栓形成やアテローム性動脈硬化、すい臓がん、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)、早産・低体重児などに関係しているといわれています。Treponema denticola(T.d.菌)、Tannerella forsythia(T.f.菌)とともに悪玉菌の頂点に君臨することから、Red Complexと呼ばれています。

口腔内の2大疾患は歯の感染症であるう蝕と、歯肉や歯槽骨など歯周組織の感染症である歯周病です。中でも歯周病は罹患率が高く、軽症まで含めると成人の約8割が罹患しているといわれます。自覚症状に乏しく、知らない間に重症化することが多いという特徴があります。

最近の研究で歯周病菌を中心とした口腔内の病原性細菌が、直接移行、血行性感染、有毒産生物の血中移行、炎症性サイトカイン、内毒素、腸管のバリア機能障害など多種多様な経路を介して、全身のさまざまな疾患に関連していることがわかってきました。中でも脳梗塞や心筋梗塞、肺炎、がん、糖尿病、早産・低体重児、インフルエンザ感染、NASH、リウマチなどとの関係は多く報告されています。

● 効果的なブラッシングとは

口腔内の細菌を除去するためにはブラッシングが有効ですが、どのようなブラッシングが効果的かを考えてみたいと思います。まず、歯垢と食べかすの違いをおさえておきましょう。歯垢は歯に付着した細菌の塊で、1g中に数千億~数兆個含まれるといわれます。食べかすは歯に付いているのが目に見えますが、歯垢は見えません。また、食べかすは、うがいや爪ようじで除去できますが、歯垢はこれらでは除去できません。歯ブラシ、歯間ブラシ、フロスを用います。歯垢は最初、連鎖球菌中心の善玉菌のプラークですが、取り残すことにより、時間の経過とともに、悪玉菌の多い歯垢に変わってきます。

歯垢を取り残しやすい歯間部には悪玉菌が多くなります。歯ブラシだけでは歯間部の歯垢を58%しか除去できず、歯ブラシとフロスの併用で88%、歯ブラシと歯間ブラシの併用で95%が除去できるとの報告があります。1日1回はフロスや歯間ブラシを使って歯間部の歯垢除去が必要です。アメリカ歯周病学会は「Floss or die」、「フロスで歯間部の歯垢を取り除かないと死にますよ」と呼びかけています。なお、歯ブラシと歯間ブラシを併用したとしても、歯垢を100%除去できません。完全に除去するには、歯科医院でプロフェッショナルケアを定期的に受けることが大切です。

歯間部同様、テニスコートの半分ほどの面積をもつ舌にも多くの悪玉菌がいます。P.g.菌は歯垢よりも舌に多いという報告があるほどですから、舌をきれいにすることも大切です。

では口腔ケアはどのタイミングで行ったらよいでしょうか。

口腔内の細菌数は起床時や食前に多く、食後は最も少なくなります。したがって、食後のブラッシングは歯のために食べかすを除去するにはよいですが、体のためには食前のブラッシングで菌を体に入れないのがよいと言えます。特に嚥下障害の人にとって、食前のブラッシングは菌の減少と嚥下反射や咳反射の亢進という意味があり、安全な摂食のために大切な準備となります。また、睡眠中は細菌が爆発的に増え、嚥下反射や咳反射が低下し、肺炎が起きやすくなります。「高齢者の肺炎は夜間につくられる」といわれるのはこのためです。したがって、肺炎予防には、就寝前の口腔ケアも大事になります。

● 意識障害の人に対する安全・確実な口腔ケアとは

ヴァージニア・ヘンダーソンは『看護の基本となるもの』の中で次のように書いています。「歯を磨くことはごく簡単なことであると多くの人は思っているが、実際には口腔衛生について十分知っている人はほとんどいない。意識を失っている人の口腔を清潔に保つことは非常に難しく、また危険な仕事でもあり、よほど熟練した看護師でないと有効にしかも安全に実施できない。実際、患者の口腔内の状態は看護ケアの質を最もよく表すものの一つである」。

意識障害者に対する口腔ケアで重要なのは体位設定(側臥位、顔は横)です。ポリトラクターやアングルワイダーで視野を確保することや、吸引しながらケアを行ったり、水の使用量をコントロールして誤嚥させないことも大切です。短時間で確実に歯垢を除去するために電動歯ブラシなどを利用するとよいでしょう。電動歯ブラシはケアをしながら刺激を与えることにもなります。舌ブラシなどを用いての舌のケアも必要です。

● 口腔ケアの効果

〈手術部位感染の予防〉

外科手術の後に手術部位感染(SSI)が発生すると、場所によっては命に関わり、助かったとしても患者QOLが著しく低下します。治療に対する満足度は大きく低下し、医療費は増加し、在院日数も伸びます。SSIは患者さん、医療施設、いずれにとっても大きな問題です。

周術期口腔ケアは術後肺炎予防になる、口腔がん術後のSSI予防になるといった報告はすでにいくつか出されていますが、消化器外科手術後のSSIに対する周術期口腔ケアの予防効果についてはまだ報告されていないことから、当院で検討してみました。

口腔ケアを行ったほうがSSIの発生率が減少していることがわかりました。おそらく消化管の入口である口腔内の細菌叢を、口腔ケアによって徹底的に制御したことで、臓器・体腔SSIの発生を抑制したものと思われます。口腔ケアによる細菌数の変化を舌背部で見てみると、初回の口腔ケアで約1/100まで減少し、その後、ケアの回数が増えるたびに減少していました。前述したように、最初の歯垢は善玉菌が中心ですが、時間が経つにつれ悪玉菌が多くなることを考えると、連続的な介入をすることで細菌の量的な制御だけでなく、質的な制御もできたのではないかと推測しています。

SSI予防のガイドラインには口腔ケアについては全く記されていませんが、SSIのリスクファクターとして術前の感染が挙げられており、待機手術の前に遠隔感染(尿路感染など)を同定して治療を行うことが推奨されています。う蝕や歯周病は遠隔感染で、治療にはバイオフィルム(歯垢、歯石)の機械的な除去などの歯科的処置が必要です。バイオフィルムの除去とは周術期口腔ケアです。したがって口腔ケアはSSIガイドラインで推奨されている術前の遠隔感染の治療に相当するのではないかと私たちは捉えています。

また、口腔ケアはNK細胞活性を促進して術後の免疫機能低下を防止するという報告もあり、今回のSSI予防に関係した可能性が考えられます。

〈化学療法による口腔内有害事象の予防〉

化学療法に伴う口腔内有害事象として、口腔粘膜炎、味覚異常、歯肉出血、口腔感染、ヘルペス感染、カンジダ感染、歯の知覚過敏、口腔乾燥、顎骨壊死(ビスフォスフォネート製剤などによる)がよく知られています。こうした有害事象を防ぐには、化学療法を始める前に、歯科でクリーニングを受け口腔内を清潔にし、治療中も定期的に口腔ケアを受けることが望ましいといわれます。

〈嚥下訓練・経口摂取支援〉

口腔ケアを行うと、嚥下反射や咳反射がよくなり、誤嚥リスクが軽減します。嚥下反射が障害されていても、咳反射が保持されている高齢者は肺炎発症率が低かったという報告があります。嚥下反射と咳反射の評価は車の両輪であり、この二つの評価が適正に行われてはじめて、安全な嚥下訓練ができます。

口腔の隠れた遠隔感染を見逃さないためには、日々の口腔ケアをレベルアップすることです。患者さんを感染から守り、回復を支援しましょう。

特別講演 座長

桑原正雄 先生

広島県感染症・疾病管理センター センター長

大毛宏喜先生は炎症性腸疾患外科でも有名な先生ですが、以前より感染症にも熱心に取り組まれ、広島県の感染対策を引っ張ってこられていました。2010年には広島大学病院感染症科の教授になられ、現在、耐性菌、外科領域感染症、院内感染などの領域において全国的に活躍されております。本日は、世界や日本の喫緊の課題となっている多剤耐性菌の現状と対策について、最新の情報を教えていただけるものと思います。

特別講演

多剤耐性菌の現状と対策

大毛宏喜 先生

教授
広島大学病院 感染症科 

● CREやESBL産生菌が問題に

かつて大流行したMRSAはどんどん減少しています。黄色ブドウ球菌に占めるMRSAの割合は、ピーク時には8割を超えていましたが、今では半分程度です。それでも国際的には日本はまだ多いほうで、ヨーロッパではほとんど検出されない国もあります。現在問題になっているのは腸内細菌です。その一つが後述するCRE(カルバペネム耐性腸内細菌科細菌)で、CDCは「CREは悪夢の細菌である。このままでは感染症にかかっても治療できなくなるだろう」と警鐘を鳴らしています。

広島大学の院内感染症プロジェクト研究センターによると、一時流行した多剤耐性緑膿菌は最近ではほとんど見かけなくなり、それに代わってESBL産生菌が年々増えています。広島県では大腸菌に占めるESBL産生菌の割合は約2割となっていて、当院でもほぼ同じ状況です。院内感染で増えているわけではなく、患者さんが菌を持ち込んでいるのではないかと推測されます。

βラクタム環という基本構造をもつβラクタム系抗菌薬があります。一方、大腸菌や肺炎桿菌は元々βラクタム環を加水分解するβラクタマーゼという酵素を産生し、自分の周りに存在するβラクタム系抗菌薬を不活化させています。βラクタマーゼがより強力になった酵素がESBL(基質特異性拡張型βラクタマーゼ)で、ESBL産生菌は数多くのβラクタム系抗菌薬に耐性化しました。しかもこの酵素をコードする遺伝子を、隣り合った菌同士でやりとり(伝達)するため、腸内のように菌が密集している場所では、知らない間に常在菌が耐性化してしまいます。

● 腸管内で何が起きているか

名古屋大学の調査で、ESBL産生菌がペットの間にも広がっていることがわかりました。菌株のタイプは人間と同じです。ペットが菌を人間にうつしたのか、それとも人間がペットにうつしたのか。おそらく後者だと思います。むしろ問題は私たちが食べている食事にあることが徐々にわかってきました。

信州大学の調査で、市販の肉(豚肉、鶏肉)を調べたところ、豚肉からはESBL産生菌は分離されませんでしたが、鶏肉の4割がESBL産生菌をもっていました。特に鶏肉の表面から多く検出されました。

なぜ鶏がESBL産生菌をもつようになったのでしょうか。鶏を育てるときに使うエサには、抗生物質を大量に投入します。日本では、家畜だけでなく養殖魚にも相当量の抗生物質を使っています。そうしたエサを鶏や魚は食べます。すると鶏や魚がもっていた菌が耐性化します。私たちがESBL産生菌をもった鳥や魚を食べた結果、ESBL産生菌が腸管内に潜り込んだ──これが今、最も疑われているストーリーです。

ESBL産生菌は常在菌なので、普段、自覚症状はありません。病気になって受診し、抗生物質が投与されるけれども薬が効かず、培養検査をしてはじめてその人が保菌していることに気づきます。しかもその菌は院内感染の原因となる可能性があります。

幸いなことにESBL産生菌に効く抗生物質があります。イミペネム/シラスタチン(カルバペネム系)、セフメタゾール(セフェム系)、フロモキセフ(セフェム系)などです。ところが、最近これらが効かないESBL産生菌が現れました。冒頭で述べたCREです。

CREだけでなく、mcr-1という遺伝子をもったコリスチン耐性の大腸菌が2016年に入ってから世界中で確認されています。最初に報告されたのは中国で、南部で飼われていた豚から検出されました。豚のエサにコリスチンという抗生物質を大量に使うことから、豚の腸内細菌が耐性化し、コリスチン耐性の大腸菌が出てきたと考えられています。日本の豚からの分離状況をみると、大腸菌の13%がmcr-1陽性です。日本でも豚のエサにコリスチンを相当使用しています。病院で使用する抗生物質だけでなく、家畜や養殖魚などに使う抗生物質にも目を向ける必要があります。

mcr-1についても、ペットが問題になりました。中国南部の病院で、患者さんからmcr-1が検出されました。その患者さんはペットショップで働いていたことから、その店の動物を全部調べたところmcr-1が検出されました。ESBL産生菌と同じように、人間がペットにmcr-1をうつしたと思われます。

より身近な菌であるC. difficileでもいろいろなことがわかってきました。北米ではNAP1株という重症のC. difficile腸炎を起こすタイプが出てきています。これは通常のC. difficileの16倍の毒素を産生し、非常に重症の腸炎を起こし、死に至ることも珍しくありません。

北米で問題になっているNAP1株はribotype 027ですが、日本ではほとんど検出されていません。日本ではribotype 018が見つかっています。ribotype 369はアウトブレイクを起こしやすいタイプであることもわかっています。かつてC. difficileというと、抗菌薬を使用した入院中の高齢者が感染するものというイメージでしたが、今は入院歴のない健常若年者に広がっています。

ペットとの関係については、以前からペットはかなり高い割合でC. difficileを持っていることが知られています。最近の研究で、C. difficileの患者さんとペットとの接触濃度が濃いほど、ペットのC. difficile保菌率が高くなることがわかっています。ペットはC. difficileをもっていても症状は起こしませんが、PFGE解析で飼い主の株と100%一致したことから、C. difficileも多分人間からペットに伝播されていると推測されます。

食肉との関係はどうでしょうか。アメリカの論文では、市販の生肉や調理済みの肉からC. difficileが分離されています。市中で広がっているのと同じribotype 078です。日本では食用二枚貝や家禽類からribotype 018が検出されています。こうしたことからCDCは食事由来ではないかと考察しています。

腸内細菌であるESBL産生菌、CRE、C. difficileはいろいろな因子がからんで私たちの腸内に棲みつき、院内に侵入し、伝播していると思われます。

こうした状況に私たちはどのような対策を講じたらよいでしょうか。

● どのような院内伝播対策をとればよいか

ここではCREの院内伝播対策について考えてみます。

CREに限らず、院内感染対策の基本は手指衛生、標準予防策・摂食予防策、院内ラウンドによるリスク低減、職員教育、患者教育です。

大阪大学の調査によると、おむつ、経管栄養、尿留置カテーテルの3条件を満たす入院患者を対象にスクリーニングした結果、調査を行った北摂地域の老人病院では約15%の患者からCREが検出されました。リスク因子を解析したところ、経管栄養・経腸栄養が出てきました。今いろいろな病院でCREのアウトブレイクが起きていますが、アウトブレイクの一要因として経管栄養・経腸栄養が考えられます。

最近、ある大学病院のNICUとGCUで起きたアウトブレイクでは、使用済みの調乳物品とスタッフのクロスが原因の一つでした。また、シンクから多くのCREが検出されました。シンクはウエットな環境で、いったん定着した菌は容易には取り除くことはできません。水撥ねも菌を周囲にまき散らします。当院でも同様の状況があったため、使用済物品とスタッフとの動線を分け、深いシンクに換えました。経管栄養・経腸栄養を行う医療機関では特に気をつけたいポイントです。

もう一つ、汚物処理経由でアウトブレイクを起こした医療機関がいくつもあります。医療従事者が汚物に触る機会をいかに減らすか、尿量測定や蓄尿をいかに減らすかが重要になります。

現実的には全職員が手指衛生をパーフェクトに行うことは無理です。ゼロにはできないけれど可能な限りリスクを下げるには、ミスを起こしやすい場所を極力減らすこと、つまり周辺から攻めていくことが有効な対策といえます。

■ おわりに

桑原正雄 先生 先生

広島県感染・疾病管理センター センター長

指定講演では、経腸栄養器材の単回使用および血流感染対策について、基幹病院と大学病院のICNのお二人から示唆に富むご講演をいただきました。いずれも、現場で大いに参考になることと思います。

教育講演の口腔ケアは、その重要性は以前から指摘されていましたが、延原先生は実践を含めて詳細に示されました。参加者は現場での取り組みに活かすことができることでしょう。

特別講演のテーマの多剤耐性菌増加は今や世界的な問題になっています。2016年に開催された伊勢志摩サミットで多剤耐性菌に対する国際協力の強化が議決され、厚労省のアクションプランでは多剤耐性菌対策の目標値が設定されました。臨床現場においても多剤耐性菌に対して積極的に取り組む必要があり、大毛教授のご講演はとても参考になったのではないかと思います。

本日の講演会で得た知見を、今後の感染症対策に活かしていただければと願っています。本日はありがとうございました。

共 催:
株式会社 カワニシ 、株式会社 サンキ、株式会社 セイエル、鳥取医療器 株式会社、株式会社 ジェイ・エム・エス
後 援:
公益社団法人 広島県薬剤師会、公益社団法人 広島県看護協会、一般社団法人 日本医療機器学会
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