第23回 日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会

第23回 日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会
ランチョンセミナー8

Seminar Report

舌圧を摂食嚥下障害の予防と
リハビリテーションに活かす

日時:2017年9月16日(土)12:00〜12:50
会場:幕張メッセ 第9会場(103)

座長

広島国際大学

福岡達之 先生

 本日ご講演を賜るのは広島大学大学院医歯薬保健学研究科教授の津賀一弘先生です。津賀先生は1985年に広島大学歯学部を卒業されたのち、94年同大学歯学部附属病院第一補綴科講師、95年文部省在外研究員としてスウェーデン王国イエテボリ大学に留学、2002年広島大学大学院総合研究科助教授などを経て、14年同大学大学院医歯薬保健学研究科教授に就任されました。現在、広島大学病院主席副病院長も務められています。
 本日は、検査だけでなく、舌圧の訓練が介護予防事業にも活かされるなど、舌圧についての興味深いお話がたくさん伺えるとのことで大変楽しみにしております。よろしくお願いいたします。

講演

舌圧を摂食嚥下障害の予防とリハビリテーションに活かす

演者

広島大学大学院医歯薬保健学研究科教授
広島大学病院主席副病院長

津賀一弘 先生

■ 舌圧は口腔機能の状態を示す指標の一つ

 義歯を装着し、噛むことに特に問題はないけれど、カステラを食べるとその一部が口蓋に残る方がいます。こうした方は、舌の力がもう少しあったらスムーズに嚥下できます。そのことを患者さんに説明し、私たちも治療の経過をたどることができる器具が必要ということで開発したのが舌圧測定器です。プローブを口にくわえて舌で押さえて、イチ、ニ……と7まで数えていただきます。その間、舌後部が自然と上がってきます。舌圧測定器はその圧を測定します。
 平成28年の診療報酬改定で、舌圧検査が保険導入されました。1回の検査で140点です。ただし、舌接触補助床(PAP)を装着した患者(予定している患者を含む)に対して舌圧測定を行った場合、月2回を限度として算定できます。PAPとは上顎義歯の口蓋部を厚くしたり、口蓋部分だけを覆う装置で、診療報酬上の評価は非常に高くなっています。義歯調整の診療報酬は120点(月1回算定)です。ところが摂食機能改善を目的として旧義歯を用いてPAPにした場合には500点になり、歯科口腔リハビリテーション料190点を月4回まで算定できます。義歯がなく、新たにPAPを製作した場合には、2000点になります。このようにPAPの診療報酬の評価が高くなっているのは、PAPを普及させ、できるだけ長く経口摂取できるようにしたいという厚労省の狙いからではないかと思います。
 実際、PAPを装着して経口摂取しつづけると、PAP装着開始前に比べ、舌圧の改善が認められたという報告が出ています。また、舌圧と口腔機能の関係を見てみると、むせ、流涎、食べこぼし、低栄養状態のリスクがある要介護高齢者の舌圧は、そうでない人に比べ有意に低いことがわかっています。このことから、舌圧は口の機能の状態を数字で示す一つの指標になり得ると考えられます。
 入院または入所中の高齢者の食事形態と舌圧の関係を調べた研究があります。これによると、舌圧が30 kPa以上の人は全員常食、20 kPa未満では半数以上が調整食を摂取していました。
 標準値を求めるために、私たちは全国規模の舌圧調査を行いました。その結果、20〜50歳代までは女性よりも男性のほうが舌圧値は高く、それ以降はそれほど差がないことがわかりました(図1)。

 これをもとに年代別最大舌圧の目安を出しました。

 成人男性(20〜59歳)  35 kPa 〜
 成人女性(20〜59歳)  30 kPa 〜
 60歳代 (60〜69歳)  30 kPa 〜
 70歳以上         20 kPa 〜

 先ほど、20 kPa未満の半数以上が調整食を摂取していたという研究結果を紹介しましたが、日本補綴歯科学会が示した舌圧検査を利用した診療フローチャートにおいても、20 kPa以上、あるいは未満が判断基準の一つになっています(図2)。

 冒頭でお話ししたように平成28年に舌圧検査が保険導入されましたが、実施件数は302件にとどまっています。PAPの実施件数や口腔リハビリテーションもそれほど多く実施されていません。一方、PAPや舌圧検査が必要と思われる人は全国に44万人いると推計されます。その全員にPAPを製作したり舌圧検査をしたとすると、44万人×15,600円で68億6,400万円かかります。しかし、PAPや舌圧検査を行うことにより、44万人中10%でも誤嚥性肺炎を防げるとすると、治療費130万円×4万4,000人=572億円、また、国民介護費9.99兆円(2015年)が1%でも軽くなれば999億円で、合計1,571億円となります。68億6,400万円と1,571億円の差である1,500億円がほかの有効なところに使えることになります。

■ 舌のトレーニングで舌圧を改善

 舌圧はどういう人に測定可能でしょうか。私たちが行った調査では、要介護3までであればほとんどの高齢者が測定可能でした。状態がよければ要介護4でも測定できると思います。最近、「舌圧測定により、脳卒中急性期の患者さんに誤嚥性肺炎が起こるかを予測できるか」という論文が発表されました。これによると、誤嚥性肺炎になった人はならなかった人に比べると、最大舌圧が低いという結果が出ています。さらに、カットオフのラインは21.6 kPaで、これよりも舌圧が高かった人は誤嚥性肺炎の発症リスクが低く、逆に低かった人は発症リスクが高くなったという報告もあります。
 日ごろから舌の力を上げるのに有効なのが「ペコぱんだ」(ジェイ・エム・エス)を用いた舌トレーニングです。パンダの顔のようになったトレーニング部を舌の上にのせて、舌で押しつぶすだけという簡単なトレーニングです。ペコぱんだには、5 kPaのブルー、10 kPaのピンク、15 kPaのバイオレット、20 kPaのグリーン、30 kPaのイエローの5種類があります。筋力強化訓練の場合、最大筋力の85%以上となる強度のペコぱんだを選択し、6回以下の負荷で行います。これを1セットとして、できれば1日3回行います。例えば、最大舌圧が25 kPaの人は、約21 kPa以上の負荷が必要となるので、グリーンのペコぱんだを選択します。
 嚥下体操や口腔体操などの従来の方法と、それに加えて「吹き戻し」(ルピナス)と「ペコぱんだ」、「プチ・美ザージュ」(CGK)を用いた新機能訓練の効果を検証してみました。対象者は各施設に入所(入院)または通所(通院)している要支援1〜要介護3までの高齢者のうち、摂食・嚥下機能に問題があると判断される人たちです。嚥下障害問診票を用いて評価したところ、ベースラインではほとんどの人が従来法群とペコぱんだを用いた新機能訓練群とではそれほど差がなかったのが、訓練開始4週間後には新機能訓練群の嚥下障害スコアは有意に低下(すなわち改善)していました。舌圧においても、新機能訓練群はベースライン18.3 kPaから23.8 kPaと高くなっていました(図3)。これらの結果から、ペコぱんだを用いた新機能訓練法は従来法よりも有意に効果があると考えられます。

 今、広島県歯科衛生連絡協議会をはじめ、東京都清瀬市歯科医師会、神奈川県歯科医師会、三重県歯科医師会が実施機関となり、舌圧測定とペコぱんだを用いた事業に取り組んでいます。清瀬市では事業参加者にクーポン券を配布し、お口の健康チェック、オーラルフレイルの予防指導を受けてもらい、参加者にはペコぱんだを提供するという事業を行っています。また、広島県ではこの事業の有用性を実証するために、口腔機能向上プログラムを県内の市町で展開しています。県山間部に位置する安芸太田町では小規模多機能施設や高齢者が集うサロンで行いました。安芸太田町の平成28年の実施では、参加者の8割以上に、最大舌圧の維持向上と咀嚼・嚥下機能スコアの維持・改善がみられました。この事業に関わった歯科衛生士は、ペコぱんだトレーニングにより唾液量が増え、舌苔が少なくなったり口腔乾燥が低減するなど、口腔環境がよくなったと感想を述べています。
 広島県パイロット事業として集団訓練向けのデバイスおよびゲームプログラムの開発も行っています。舌圧に応じて、アジやカツオ、タイなどが釣れるゲームなど、皆が舌圧検査に参加したくなる楽しいゲームを考えています。
 日本老年歯科医学会では、口腔機能低下症の診断基準として7つの項目を挙げています。その一つが低舌圧です。JMS舌圧測定器による測定で最大舌圧30 kPaの場合、あるいは代替検査法として黄色のペコぱんだを押しつぶせない場合を低舌圧としています。
 健康な方や若い人たちにも舌圧を測定していただきたいと、「介護の日フェスタin 広島」、「楽シニア」、「出雲産業フェア」などのイベント会場で、言語聴覚士や医師、作業療法士、看護師が測定者となり、測定体験イベントを行っています。この舌圧測定体験イベントは多くの人に舌圧の大切さを知ってもらう啓発活動としてだけでなく、各年代のデータを集積できるというメリットもあります。これまでの測定データでは、私どもの全国大規模調査と同様に、若いころは男女差が少しあるものの、60歳代になると差はほとんどなく、舌圧値そのものも低下してくるという結果となっています。さらに、このデータでは興味深いことがわかりました。最大舌圧が30 kPa未満の人が、高齢者だけでなく、若い人の1〜2割にみられたことです。また、30 kPa未満の2〜3割の人は、むせる、飲み込みにくいという自覚症状を訴えていました。嚥下に問題があり、舌圧が低下している潜在者がかなりいることが明らかとなりました。この方々が舌の訓練を行い、舌圧を高めておくことは介護予防につながるのではないでしょうか。
 舌圧検査法や「ペコぱんだ」を用いたトレーニング法は、今後さらに発展していく可能性があります。皆さんの手でぜひ育てていただきたいと思います。

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